第16話 観光客2
流れてくる言葉を聞く限り、英語だということは分かるが、じゃあ、彼らに、『この改札を抜けても城は見えませんよ。城およびその周辺の美観地区に行く為には、あちらの改札にどうぞ』と言えるかというと、言えない。
黒工は携帯持込み禁止なので、携帯のアプリを使って会話する、ということもできない。
自然に足が鈍る俺と石田の周りを、県下でも名高い進学校の学生服を着た生徒が何人も通り過ぎる。
絶対、英語がぺらぺらなくせに、奴らは誰一人、足を止めない。外国人が間違えそうになっている姿に、良心の呵責を覚えないらしい。
さっさと外国人の一団をやり過ごし、進学校の奴らは改札を抜けた。
ふと。
改札を前にして、外国人のおばさんが振り返る。
改札を確認しようとしている風で、少し安堵を覚えたが、次に俺と石田を目に留めた。
一瞬体が強張る。
何か聞かれるのだろうか。
そう思ったが、おばさんは、俺と石田が肩にかついでいる竹刀袋を見てにっこりと笑った。
「サムライ」
竹刀袋を指さし、「ハロー」とまで陽気に言われる。多分、アメリカ人だ。俺はなんとなくそう思った。
「ぷ、プリーズ」
気付けば石田が腕を伸ばしてその外国人のおばさんに話しかけていて、ぎょっとする。
「おいっ」
俺が制止するが、石田は女みたいな顔をゆがませ、「だって、サムライって言われたのに、見捨てるのかよ」と口答えしにくいことを言った。
おまけに。
もう、遅いと俺は知る。
人懐っこいのか、外国人の一団が、改札に向かわず、わざわざ俺たちのところに歩み寄ってきたのだ。
「はんたい。ね、おばさん。はんたいなの、かいさつ」
石田がゆっくりと日本語でそう伝えるが、外国人の一団はにこにこ笑って首をかしげている。そりゃそうだ。丁寧に話しかけても、お前が喋っているのは日本語だ。
「お前、工業英検3級だろ、なんか言えよ」
じろりと石田に睨まれる。
「いや、お前。あれは工業に特化した英語だから。英会話とかじゃないから。おまけに、俺、発音が下手なんだよ」
慌ててそう言うが、俺が話したことにより、外国人たちの視線が集中する。まずい。焦って俺は英語で、「あなたがたは城に行くのか」と言ってみたが、まるで通じない。きょとんとした顔をされ、素通りする進学校の奴らに失笑された。
いらん恥をかいた……。
「城!」
石田が何故か大声で、城の名前を発声する。綺麗だ。綺麗な発音だ、と俺は思った。
途端に。
外国人たちが、一斉に頷き、それぞれに「私たちはそこに行くのだ」。「いいところだな、ここは」と喋りはじめた。
「おお! やったな、石田っ」
俺は奴に言うが、良く考えたら、何も外国人たちに伝えきれていない。
「織田、おれに向かって歩いて来い」
石田は移動し、改札を背にして俺にそう言う。
何か良く分からんまま、俺は黒工の体育名物である軍隊張りの行進をした。
「のー!」
石田は突然叫び、俺に向かって×印を作るばかりか、どん、と体当たりまでして見せる。
「城、のー!」
言うなり、石田は背伸びをして俺の肩を掴み、社交ダンスのようにくるりとターンさせて反対を向かせる。
「城、ごー!」
石田がどん、と俺の背中を押すので、俺は再び、『城が見える』方の改札に向かって行進をした。
その俺の背後から、石田が「かもん、かもん」と言い、外国人の一団が、何か話しかけながら付いてくる気配がある。
俺はひたすら黒工の行進をし、石田は「かもん」と言い続けた。
結果。
彼らが本来出るべき改札まで誘導することに成功する。
「ありがとう」
改札前まで来ると、各種案内板が見えたらしい。英語表記の誘導版や、観光案内所を目にした彼らは、口々に俺たちにそう言い、最初に声をかけたおばさんは、「サムライボーイ」と俺たちにハグまでした。
「……やったな」
「おうよ……」
登校前に一仕事を終えた、俺と石田は疲れ切ってそう呟いた。
「英語って、大事だな」
「日本に居てもな……」
◇◇◇◇
その数日後。
城の堀周りを体育の授業で走っていた俺と石田は、城門近くの茶屋で足を止める。
その茶屋は、店を利用した観光客の写真をチェキで撮って看板に飾っているのだが。
あの観光客の一団が、忍者と共に写真に写っていた。
「お。城までたどり着けたんだ」
「良かったな」
梅雨の晴れ間に撮ったらしいその写真を見る限り、多分最高のコンディションの城が彼らには見えたことだろう。
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