第14話 『なんじゃろホイホイ』2

「おうし。じゃあ、怪物の名前を決めるぞ」

 蒲生がもうは机に伏せたカードの束を持ち上げ、6種類の怪物のカードを並べる。体型は様々だし、武器を所持していたり、男か女かの区別もあるのだが、一番大きな差は『色』だ。


 赤・青・緑・黄色・桃色・紫・黒。

 その六色・六種類の怪物がいる。


 蒲生が順番を決め、俺達は口々に適当に名前を言っていく。


「赤の怪物はモモタロー」「青の怪物はハゲチラカシ」「緑の怪物はシンジュクスワン」「黄色の怪物はジュゲムジュゲムゴコウノスリキレ」「桃色の怪物はアカイスイセイノシャア」「紫の怪物はヒロシ」「黒の怪物はコノハナサクヤヒメ」


 怪物の名前が決まった段階で俺達はぶつぶつとそれを繰り返す。もう、野球部は黄色のあたりでパニックになっていた。馬鹿め。甘く見ているからだ。


「言っておくが、最下位になった奴は今日一日馬鹿にされるからな」

 俺がしれっとした顔で野球部に言うと、泣きそうな顔で「やっぱり、やめようかな」と呟くが、皆に聞き流されていた。


「始めるぞぉ」

 蒲生が流れるような指の動きでカードをひとまとめにし、素早い手つきで数回繰った。


「誰から行く?」

 机の中央に伏せて置きながら、蒲生は自信ありげに参加者全員を睥睨した。


「野球部からどうぞ」

 軽音楽部が掌を上にして恭しく差し出す。野球部は「おう」と短く応じ、カードの束に指を伸ばした。


「いくぞ」

 言うなり、一番上のカードをめくる。

 その刹那見えたのは『桃色』。


「モモタロー」

 野球部が叫ぶ。

「「アカイスイセイノシャア」」

 蒲生と俺が叫んだ。


「アホだろ、野球部。モモタローは『赤』だよ」

 軽音楽部が野球部に呆れた声をぶつけている間に、俺と蒲生はどちらが早かったかを言い争う。


「今のは、コンマ数秒の差で蒲生だったな」

 茶道部が落ちついた声で告げる。舌打ちする俺の隣で蒲生がガッツポーズをするのが許せん。


「次は俺」

 蒲生が『桃色怪物カード』を野球部から受け取ったのを確認し、軽音楽部がカードの山に手を伸ばした。俺達に再び緊張が走る。


「でやあ!」

 気合いと共にめくったカードの端から滲むのは緑色。


「なんだっけ、なんだっけ、なんだっけ」

「うるせぇ、野球部!」

 呪文のように呟く野球部を軽音楽部が叱りつける。そのすきに俺は声を張った。


「ハクビシン! ハクビシン!」

「違う、剣道部! それは昨日の『緑』だっ。アレだよ、ほれっ! 映画になってて……」

 茶道部が頭を抱える隣で、不敵に笑った蒲生が答える。


「シンジュクスワン」

「「「「ソレだー――――っ」」」」

 蒲生以外のメンバーがそれぞれに苦痛の悲鳴を上げる。


「待て待て待てっ! 一度整理させてくれっ」

 蒲生が軽音楽部の手から二枚目のカードを取り上げた段階で、野球部が声を上げた。茶道部が五月蠅そうに一瞥し、「ご自由に」と答える。同時に野球部は右手でいがぐり頭をかきむしりながら、「『赤』はモモタローで、『緑』はハゲチラカシで、『青』がシンジュクスワン……」とブツブツと呟く。だが、致命的なことに『緑』と『青』を間違えている。それを俺達は黙ってスルーした。


「よし、いいぞっ!」

 野球部が言うと同時に、蒲生は素早くカードをめくり上げる。

 網膜に光る色は、『黄色』。


「ジュゲムジュゲムゴウノスリキレ!」

「ジュゲムジュゲムゴウノスリキレ!」

 茶道部が叫び、一秒遅れて蒲生が叫ぶ。


「また蒲生かよ」

 軽音楽部が舌打ちし、茶道部が「なんでだよっ」とイスから立ち上がってまで怒鳴る。


「俺の方が早かっただろう!」

「お前、『ゴボウノスリキレ』って言ってたぞ」

 呆れて俺が伝えると、茶道部がきょとんとした顔をメンバーに向ける。

「『ゴウノスリキレ』だろ?」

「『ゴウノスリキレ』だよ」

 俺が告げ、蒲生がにやりと笑って頷くが、茶道部は納得しない。


「嘘だ、ゴボウだよっ。おい、便覧! 誰か国語の便覧!」

 怒鳴り散らしてクラスメイトの一人から国語の便覧を奪い取り、背中を丸めて確認している。俺達は奴が戻るまでその背中を眺め、野球部は一人ひたすら怪物の名前を間違えたまま復唱し続けた。


「……ゴボウじゃなかった」

 肩を落として茶道部がイスに戻ったのを俺は醒めた目で見つめ、それからカードの束に指を載せる。


 正攻法でいっても蒲生の反射神経、そして記憶力に勝てるとは思えない。ここは、俺が昨日の晩、風呂に入っているときにひらめいたあの方法をとるしかない。

 俺は一同を見回し「いくぞ」と声をかける。


「「「「おうよ」」」」

 皆の声が揃う。俺は一拍置き、それからめくると同時に叫んだ。


「ハゲチラカシぃぃぃ」

 蒲生が息をのむのが聞こえる。


 果たして。

 俺の指がつまんだカードは『青』。


「すげー、剣道部!」

 軽音楽部が叫んだ。俺は立ち上がり、「どおだぁぁぁあ!」と掴んだカードを机に叩きつけて蒲生を指さした。


「してやったりだ、蒲生!」

「嘘だろ、『青』はシンジュクスワンじゃなかった……?」 

 呆然と呟く野球部の声は蒲生の怒声に消える。


「どうしてわかった! その早さはあり得ない! インチキだっ」

「インチキなどしていない」

 俺は胸を張って答える。

 そう。ただこれは。


「山を張ったんだろ」

 ため息交じりに茶道部が俺を見上げる。俺は片頬を歪めて笑った。


「まぁ、そうとも言うな」

「そんなもの、反則だっ!!」

 蒲生はそう怒鳴ったが、それ以外のメンバーは俺を見て同じように片頬を歪めて笑った。


――― その手があったか………。


 皆、そんな顔をしていた。


                ◇◇◇◇


 その後。

 色などみずに当てずっぽうで好き勝手な名前を叫ぶ俺達に、

「これはESPカードではないっ!」

 と、蒲生が犯罪者を糾弾する検事の勢いで怒鳴る声が、教室にこだました。



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