第9話 しりとり2
「やだぁ、けん君。狙ってたでしょ」
「そんなことないよ、偶然」
「嘘だぁ」
そんな会話を、びっくりしたようにおばさんたちは聞いていた。ちなみに、この間も、男は女に抱きついたままで、俺としては見たくもないものを見せられた思いで、大変不快だ。
そして。
それは電車内に共通する感情でもあった。
きゃっきゃ、うふふ、と騒ぐこの猿二匹。
なんと迷惑な輩かと思って、皆が見つめるが、それは二人にとって、「まぁ、ほほえましい」「若いっていいわね」的な視線に変換されているようだ。
やめる気配がまったくない。
「おい」
男にしては若干高い声の石田に呼びかけられ、俺は奴の方に首を捩じる。
目が合い、うんざりした。
不敵に、好戦的に光る石田の目。
こいつ、何か企んでやがる。
「しりとりやろうぜ」
石田は突然そんなことを言いだした。
若干、さっきより大きめの声に、乗客の視線が集まることに気づき、俺は狼狽える。
「何をする気だ」
早口にそう言うが、石田はけろりと「しりとり」と答える。
「おれからいくぞ。『しりとり』。ほら、『り』だ」
にこりと笑顔で言われ、俺は戸惑ったものの、なんとなく乗客皆の視線に押されて、「……じゃあ、『りんご』」と答えてしまう。気づけば、向かいのバカカップルも俺たちを見ていた。
「『ごりら』」
石田は言い、そして目力強く俺を睨む。言え。ヤツは無言の圧力を俺にかけてきた。
「………………………………『らくだ』」
本当は、『ラッパ』と言いたかったが、車内の空気に耐えられず、俺はその単語を口にする。
途端に。
石田が蕩けるような笑みを浮かべ、俺に抱きついてきた。
「だいすき♡」
「気色悪いっ、おらぁっ!」
反射的に怒鳴り、掌底をやつの顎にくらわしたが、車内には小さな笑いがいくつか起こった。
何故か奥の方にいた女子中学生たちが「きゃあ」とくすぐったくなるような声を上げる。隣のおばさんたちなど、「あなたたち、おもしろいわねぇ」と声までかけてくる始末だ。
「やるなら、これぐらいウケろよな。面白くねぇんだよ、お前等」
たいしてウケもしなかったのに、石田はドヤ顔でカップルにそう言い、でんと背もたれに上半身を預けて足を組む。あれだ。多分、立ち上がらなかったのは、チビを自覚しているからだ。
カップルの男の方は何か言いたげに俺たちを見ていたが、「けん君、あっちに行こ」と女の方が手を引いて車両から出て行った。
「お前、ほんとにやめろよ」
俺は隣で「これで眠れる」と目を閉じる石田に吐き捨てた。
「通報されても知らんぞ。あいつら、絶対俺らの高校知ってるだろ」
「うるせ。マナーを教えてやったんだ、おれは」
石田は目も開けずにそう言い、いつも通り眠ってしまった。
◇◇◇◇
後日。
本当に、学校に通報があった。
『マナーの悪い高校生に、ユーモアを交えた注意指導をしてくれて、見ていて大変すっきりした。流石、
そう言った内容だったらしい。
校長は、全校集会でこのことを披露し、「ユーモアは大事だ」と熱く語った。
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