第8話 しりとり1

 石田と俺が電車に乗り込んだ時、車内には、そこそこの人数がいた。


 通路を挟み、ベンチタイプの椅子が並ぶタイプの車両だ。立っている人はおらず、十人ばかりの乗客はいずれも、座っている。


 乗り込むと同時に、背後で扉が閉まった。

 俺と石田は並んで扉付近に座る。同時に電車は動き出した。


 石田は肩にかけていたバックを足元にどすん、と置く。車内の乗客の何人かの視線を感じたが、それは石田の態度をとがめる、というより、石田の容姿に目を引かれた、というのが正直なところだろう。


 下手なアイドルより断然目立つ顔立ちを石田はしている。『これで、背が高ければ女なんてよりどりみどりだ』と本人は言っていた。背の低さもそうだが、口の悪さも災いしていると俺は思う。


 石田は自分に注がれる視線など気にせず、ぐりぐりと尻を背もたれの方に押し付けた。いつも通り眠るつもりなのだろう。寝やすいポジションを探っているらしい。どうせ4駅程度で降りるんだから、起きてろよ、と俺は思うが、奴にとっては貴重な睡眠確保の時間らしい。


 俺は車内を見回す。

 俺たちと同じベンチタイプの椅子に、少し離れて六〇代ぐらいのおばさん二人が座り、会話をしていた。大声と言う訳ではない。周囲を憚った遠慮のある話し方だ。ちらりと視線を走らせると、どうやら観光客らしい。


 黒工くろこうのすぐ側には、世界遺産にもなっている城があるお蔭で、観光客が山ほどいる。道を聞かれたりはしょっちゅうなので、俺は地元民でもないのに、やけにその世界遺産周辺に詳しくなってしまった。


 じろじろ見たつもりはないが、ふと、おばさんと目が合った。

 俺が会釈をすると、あちらも上品に笑みを浮かべて目礼を返す。


 いい人だ。

 そう思った時だ。


 不意に。

 けたたましい笑い声に、俺とおばさん二人は驚いて向かいのベンチシートに視線を向ける。

 俺だけじゃない。隣で早速寝ようとしていた石田までびくりと肩を震わせて顔を向けたようだ。


 通路を挟み、向かいには。

 高校生の男女がいた。


 どうやら、恋人同士らしい。

 肩を寄せ合ってべったりと二人座り、何が可笑しいのか、指を絡ませ合って笑っている。


「……発情期かよ」

 ぼそり、と石田が言い、俺はその内容に眉をひそめて奴を見やる。女の子のように可愛らしい顔をしているのに、本当にこいつは口が悪い。


「付き合い始めなんだろ。大目にみてやれよ」

 俺が小声で注意すると、舌打ちされた。「制服見ろよ」。石田は足を組み、顎でしゃくる。


「学院の奴らじゃん。あいつら、暇なのかね。生徒全員発情中だ」

 俺は石田の言葉に噴き出しそうになる。

 確かに。

 あの二人が着ている制服は、このあたりの私立高で、小学校から大学までの一貫校だ。学力の高さはさほどではなく、よく滑り止めで使われているが、有名なのは、『恋愛率の高さ』だ。


 とにかく、いちゃいちゃしている。

 電車で、街で、コンビニで。

 いちゃいちゃしている奴らがいるな、と思ったら、大概『学院』の奴だと言っても過言ではない。


「しりとりしよう」

 いきなり、学院の男が言いだした。


「えー。なにそれ、けん君」

 女は笑い、身をよじる。やめろ。丈の短いスカートの中が見えそうだ。見たら、俺たちが痴漢になるだろ。同じことを思ったのか、石田と俺は同時に視線を学院の二人から離した。


「いいよう。やろう」

 だけど、声は聞こえてくる。石田がため息を吐く間に、ふたりは『しりとり』を始める。


 また、その声がでかい。

 視線を逸らした先で、他の乗客と目が合うが、皆一様に学院のカップルを一瞥して口をへの字に歪めた。


 乗客の視線に気づかないのか。

 二人だけの世界にどっぷりつかっているのか。

 しりとりは、大きな声で進む。


 女が「らくだ」と言った。

 途端に。


「だいすき!」

 男はそう言って、女に抱きついた。


「はぁ……?」

 訝しげな、というか。


 呆気にとられた声がすぐ近くで上がり、俺は反射的に声の主を見る。

 あの、観光客のおばさんたちだ。いや。おばさんたちだけではない。


 車輌の乗客、全員が「はぁ?」と同じような目で、バカップルを見ていた。

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