死の間際見える光る馬を私は、私は物価の安い地域で買わずにいつまでも見詰めている。銭が無いからである。逝去直前精神シュプレヒコール事実内臓破裂だってのに、杜撰な金銭面での発達の遅れが今になってしわ寄せ、足枷となって私の輝かしい死を延長させる。


 そもそもこうなってしまったのは育ちが悪く、公団住宅で小さな蛙の尻に浮浪者から奪い取ったシケモクを無理くり突っ込んでカタカタと笑うモダンな遊びばかりやっていたせいで、詰まるところ私の両親とアイツに責がある。

 父はいつも珈琲牛乳ばかり飲んで毎回半ドンの仕事であったし、母は中途半端な、非常に悩ましいとぎりぎり思わせる顔面のお陰で、半ドンの隙を見てはいつも男や女、時には猿なんかも家に連れ込んでいた。私は元来、勉学が嫌いで義務教育を拒んでいた生粋の江戸っ子であり、いつも自宅でやけにノイズかかったブラウン管テレビで名前だけは知っている古いアニメの再放送ばかり見ていた。

 そんな折、隣に例の彼奴、マエヤマという同じ家族構成、核家族、同学年、健康不登校児が、引越してきた。最初の挨拶こそ悪印象(渡された品が用途不明の小さ過ぎるタオル)であったが、次第に同じ種族、星の元の運命論者であることが分かってからは、何のきっかけもなく気付けば上記の様な遊びや、浮浪者の住居を占拠し、ここが俺たちの基地だと言わんばかりに、クレヨンお手製の旭日旗を屋根と呼べるシロモノではなかったが、まあとにかくトタン屋根に固定しまくり、浮浪者の思想を勝手に変える運動等で二人の爆笑の共有をしていた。


 しかし親しき人間との別れは突如来るもので、父親の転勤という見本市の様な展開で約一年半の関係性でシャットアウトされてしまった。

 そこから私は打って変わって真面目になり、毎日学校に通い、塾で快活に発言し、飯の時は頂きますと心から思いながら無言で食す、これまた見本市の様な有能な万能人物となった。中学、高校、とてもよい大学、とてもよい大学院と経て私は、大企業の木っ端として働き始める。社内での評判は実に良く、あなたの働きは他の者を焦らせる、キミは実にいい締まりだ、手持ちがないので今日はこのくらいでよいかな?等と直接誉れを貰う程の実力であった。

 しかし私は現状に飽き飽き、辟易していた。


 おもんないのだ。人生が。

 刺激もなければ緩みもない、ただの空洞、パイプ管の中身のような生活にただただ絶望し、毎夜晩酌と銘打っては、酷く度数の高い、誰が飲むんか知らんが吐瀉物でも引火してしまうそうな酒を、浴びる程つうか実際浴びて飲っていた。そうすることで多少の人生の刺激、必要な病弊害や翌朝の劇場型頭痛等で大きなフラストレーション、生涯に対する不満の均衡を保って生きていたが、当然金は、給料や上司からの個人的な小遣いは、私の酔いの糧となって消え失せ、日々の生活はかつかつへと変貌する。

 そんな壊滅的ないつもの朝、壊滅的な自宅の蓋の取れたポストに、同窓会と書かれた紙が入っていて、私はこのようなみっともなくなった寝癖まみれ髭まみれアルコール臭漂うかつての浮浪者のような姿でさして当時から会話した記憶もない会ったかどうかも怪しい級友もどきと何を話すんじゃい、えーい捨ててしまえと破こうとした瞬間、ふとマエヤマのカタカタを思い出した。アイツは来るんかと。俺と同じ健康不登校児のアイツは俺に会いに来るのかと。都合よく考えが発展していって、出席にぷるぷる震えながら丸で囲った。そこから私は少しでもまともな人間にカテゴライズされるよう努め、まず髭を毎日剃り、髪も短くビジネスマンの鑑を目指し、酒の一切をやめ、日に日に快活であったあの頃に近づいていき、同窓会そのものが楽しみに、わくわくとした気持ちで日々を過ごしていた。金は増えなかった。


 明くる当日。当然のようにマエヤマはそこにいた。私と同じく、誰とも喋らず、ただ酒を持ってうろうろするマエヤマがいた。私は酒はやめたので金柑ジュースを零さぬようにしながら走って駆け寄り、よう、と言ってやった。マエヤマも同じ考えだったらしく、お互いの、よう、が重なった。マエヤマと私は、同じ右手を挙げた仕草のまま固まり、爆笑を、横隔膜がちぎれる程笑い、よく知らない人達に好奇の目で見られた。

 盛り上がった私達は、えーい何が同窓会じゃ糞を喰らえいや、糞を喰ったことで出来上がった糞を喰らえと、会場を抜け出し、寒空の元、誰もいない屋上へと駆けていった。

 それにしてもいや懐かしい。マエヤマの顔は、出で立ちは、あのカタカタは全てそのままであった。向こうも同じ感想を持ったらしく、努めて良かったと自身の行いの肯定をしながら当時のモダンな遊びの話題に花を咲かせていた。

 瞬間、マエヤマがデカい声でアッッッ!!と叫んだ。

 なんや、と眉間に皺寄せて彼奴の視線の先を見ると、この時期に、屋上に、私の足ほどのサイズの牛蛙がいた。

 二人でこれは運命だ、とはしゃぎ、騒ぎ、正確には酒の入ったマエヤマがはしゃぎ騒ぎ、煙草はないかと内ポケットを探しやはりあって、よしモダンな遊びやっかと牛蛙のケツに煙草を突っ込もうとしたと同じタイミングで牛蛙激しくジャンプし、私はへらへら笑いながらそいつのケツ追っかけて行って、突然地面が無くなった。


 私は四階から落ちた。

 ぱぁんと音がして自分でもそこで落下したことに気が付いた。

 上から見下ろすマエヤマはみるみる顔面蒼白になり、遂に屋上の見える所から走って消えてしまった。普通の人ならば、ああ助けを呼びに行ったんだな、と思うかも知らんが、アイツは違う。ただ単に怖くて逃げたのである。何故分かるかと言うと、私もそうするからである。同じ種族であるから。

 私は花開いた後頭部を触り、がくがくした手で触り、あのモダンな蛙の肛門もこんなんだったなあと思いながら、これを走馬灯にはしたくないなあと記憶から消して私の意識も消えた。

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