殺し屋ゴロシの沙霧さん

しらたま

第1話 一条 伊織 (1)


「はぁ⁈ 安くね?人殺して10万って安くね⁈いっつも50万はあんじゃん!てか、50万でも安いの分かってる⁈よそは一回100万は貰ってんの!こっち命かけてんですけど⁈」


俺の名前は一条伊織いちじょういおり。目の前の豚に、絶賛怒りぶつけ中の殺し屋だ。

だってどう考えたっておかしい。人1人殺してたったの10万。

命をかけた闇の仕事っつうもんは、その分見返りが高いもんだ。

それがうちにクソ豚が払う金は、いつだって他の所より安いくせに何かと難癖をつけて更に安くしてくる。


これ以上賃金が高くならなうことを確信して、クソ豚こと俺のボス、山崎が下卑げひた笑みを浮かべる。


「俺は死体をどうしろと言った?」

「首吊り自殺に見せかけて殺せって言った。だからわざわざ傷つかねーように殺してネクタイ巻いて吊ってやったんだろうがよ!」


それがどうしたってんだ。ネクタイじゃなくて縄にしないとダメだったってか?俺は殺気を込めて山崎を睨む。


「その通りだ。それで、なんで首筋に指の跡がつく?」

「それくらい仕方ねぇだろ!だいたい、指の跡かわからないくらいの小さな跡だ。首吊りに見せかける時の常套手段だろう!」


完全に首吊り自殺に見せかけるなんて不可能だし、縄を使って首を締めても、それは“首絞め”だ。別の跡がつく。手で締めるよりもデカい跡が。


「最近では警察もそれに気づくのが早くなってきてる。常套手段だからな」


俺は言葉に詰まった。反論できない。それを言われてしまったら、終わりだ。


「じゃあどうすれば良かったんだ?」

「それはお前ら殺し屋が考えるもんだろう?仲介人の俺が決めることじゃない」


ニヤニヤと薄気味の悪い顔が更に俺をイラつかせた。


「こんなところ、すぐ出てってやるんだからな!」


畜生!なんでこんな稼ぎの悪りぃ所で働かなきゃなんねぇんだ!

俺は豚から報酬の10万をひったくって部屋を出ようとした。


後ろから豚が声をかけてくる。


「出て行く?お前は自分がここにいる理由ワケを忘れてるみたいだな」

「おいクソ豚!今度同じことを言ったら殺す!」

「はっは。殺すだって?せいぜい殺し屋ゴロシに気をつけてやれよ」


俺は豚小屋山崎の部屋のドアを蹴破って外へ出た。頭の中で山崎の最後の言葉を反芻する。


殺し屋ゴロシ…か。

殺し屋を専門に殺す殺し屋。何がやりてぇのかさっぱりだ。殺し屋の方がちょっと高いのか?

それともただの偽善者か義賊ってやつか?どうせそんなことをやってる奴らは皆自分に酔った馬鹿だ。


そんな奴らはもっと目立った殺しをやる奴らをターゲットにするもんだ。俺みたいな小っけぇ殺し屋なんて眼中にあるワケねぇだろ。


それともなんだ。あの豚は殺し屋ゴロシも雇ってんのか?

それはありそうだ。俺は自嘲気味に笑って、夜の闇の中を歩き続けた。


***


家に着いた。

俺は俺は溜息をつきながら家の鍵を開ける。早く入って、ビール呑んで 、全部忘れちまおう。そうだ。それがいい。ビールは正義だ。


いつから言わねぇようになったのか、ただいまの言葉もなく俺は靴を脱いで廊下に上がる。昔はちゃんとただいまって言ってたと思うんだけどな。


シミだらけの安いボロアパートにしては珍しく、家に入ってすぐにリビングがあるワケじゃない。俺はこの家のそんな所が気に入っていた。

なんでかって言われたら答えられねぇけど。なんとなくまずは廊下があって、ドアを開けてからリビングがある方がいいじゃねぇか。

冬は玄関とリビングが離れたこの間取りがより一層ありがたく感じる。


その分リビングは狭いけど。男1人の部屋なんざそんなもんでいいさ。


くたびれたジャンパーを脱ぎながら寒い廊下を歩いて、俺はリビングにつながるドアを開けた。


「よっ。お帰り〜」

「……はぁぁぁぁぁ⁈誰だテメェこんにゃろう!なぁーに人ん家に上がりこんでんだよぉ!」


聞こえるはずがない声が聞こえると思ったら、そこには黒づくめの女がいた。


長い髪はくすんだ銀色で、左目を隠すように覆いかぶさっている。見えてる方の右目は真っ黒だった。黒いフードをかぶって、黒いマスクをして、裾を絞った黒いズボンを履いている。


あ!土足じゃねぇか!

あろう事かそいつは靴を履いたまま、俺の机の上にカエルみたいにしゃがんで、ひらひらと手を振ってやがった。


俺の質問に答える気配もなくにこにこしてやがるそいつを、俺は机からぶち落として、もう一度質問した。


「お前は…誰だっ!」


何が楽しいのかそいつはニヒヒと笑って、また机の上に飛び乗った。


「はぁい!殺し屋ゴロシの沙霧さんだよぉ!」


殺し屋ゴロシ⁈

俺はとっさに後ろに身を引いた。

沙霧と名乗ったそいつは、机から降りて、両手をヒラヒラとさせながら俺に近づいてきた。


「まぁまぁ安心してよ。すぐに殺すつもりはないから。残念ながら君は僕のターゲットに選ばれちゃったから、逃げようとしたら殺すけど」


そんなもん信じられるか!俺はそう思いながら部屋のドアを開けようとした。

その瞬間、俺の真横をナイフがすり抜けて、ドアに刺さった。


「逃げたら殺すって言ったでしょぉ〜も〜。逃げなかったらまだ殺さないって言ってんだから。」


俺はその場に座った。


「で、お前は何なんだ?すぐに殺さねぇって何だよ。からかってんのか?」


殺気を向けてみる。

奴は何も感じなかったかのようにニヘニヘ笑うのを止めなかった。


「お前は何なんだ?という質問についてぇ!僕は殺し屋ゴロシの沙霧さんだよ!年齢は、永遠の15歳かな☆性別は、ひみつ!身長は、160センチぴったりで、体重は…「あああ!もういい!」そっかぁ残念」

「てかお前、性別は秘密って何だよ?女じゃねーのか?」

「いや?僕は男かもしれない」

「男なのか?じゃぁ、男である事にコンプレックスでもあんのか?」

「いや?だって僕男じゃないもん」

「なんだ。女なんじゃねぇか」

「え?そんなこと言ってないよぉ〜」

「どっちなんだよっ!」


重ね重ねうざい奴だ。

振り回されてる俺もかっこ悪りぃ。


「もういいわ。で?今殺ろさねえってのは?」

「ねぇ、殺し屋になった理由を聞かせてよ」

「あぁ?俺の質問に答えやがれ」

「だから〜それが理由だよ。僕のターゲットっていっつもなんか可哀想なんだよね、背景が。たまに根っからの殺人鬼とかいるけど、だいたい事情があるんだ。それを否応なく殺すのはかわいそうじゃない?」

「なんだよそれ。あめぇ奴だな。何があっても人殺したら一緒だろ。そんなんで情けばかりかけてたらお前食ってけないだろ?」


そう言った俺に、沙霧は不敵な笑みを浮かべた


「何も殺さないとは言ってないよ。殺すとも言ってないけど。」


余計ワカンねぇだろ!

沙霧の話は続く。


「で?なんか事情があるんでしょ?僕の勘がそう言ってる。ねぇ、一条伊織。僕に君の事情を教えてよ」








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