第274話 算段

 オルタ達は、クリスに何があったのか話を聞いた。


 寝起きの頭で思い出すように説明を始めたクリスの話を要約すると、大きく四つに分けられる。


 まず、左腕の籠手を使うと、透明な鞭のような物が飛び出てきて、それを使ってアイオーンの元に辿り着けたということ。


 次に、クロムと遭遇したが、逃げられてしまったこと。


 そして、氷を食べさせるために、左腕の籠手に『氷』のリキッドを注入し、アイオーンの口に含ませたこと。


 最期に、その後の記憶はごっそり抜け落ちており、目が覚めたと思ったら、アイオーンが彼の身体を操っていたこと。


 これらの話を聞いたオルタは、良く分からないがクリスが無事であったことを喜んでいた。


 深い事を考えるのはカリオスやタシェル、そしてドクターファーナスに任せ、オルタはクリスの左腕を覗き込む。


「にしても、その籠手はカリオスのとは全然違う物だったんだな。アイオーンも使ってたけどよぉ、何でも凍らせることが出来るのか?」


「それだけじゃないんばい! この籠手に注入するリキッドの種類で、出来ることが変わるんよ! 最初は『火』のリキッドを入れとったんやけど、その時は、透明な部分がかなり熱くなっとったし」


「不思議な籠手なんですね……アイオーンはどうなったんでしょうか?」


 いつの間にか傍に近寄って来ていたミノーラが、オルタと同じく籠手を見つめながら呟いた。


「多分、まだ俺の中におると思うばい。なんか、前と違う感覚が、体中にあるんよ」


「その籠手は、もしかしたら、人工的に混色を作り出すものなのかもしれないわね」


 胸元を抑えながら呟いたクロムに向けて、ドクターファーナスがそのような言葉を投げ掛けた。


「混色を、人工的に……?」


 信じられないものを聞いたかのように、タシェルが呟く。


 それはカリオスも同じようで、驚きの表情のまま、ドクターファーナスを見つめていた。


「そうよ。ミノーラちゃんの混色とは、少し違うみたいだけど。……技鉱士のカリオスさんなら知っているんじゃないかしら? クラミウム鉱石には、二種類以上のエネルギーを蓄積できないという定説。だけど不思議なことに、生命エネルギーが絡んでくると、その定説が覆ることがあるの。その最たるものが、混色と、精霊よ」


 あまりに難しい話になってきたため、オルタは考えることを放棄し、カリオスの表情を見ることにした。


 何か心当たりでもあるのか、カリオスは深く頷きながらドクターファーナスの言葉を聞いている。


「過去の文献を見ると、それらの技術について記載があるのだけど、今のところ、実現させた例は無いと思っていたわ。……その籠手ってもしかして、例の天才技鉱士の?」


 ドクターファーナスは何かに気づいたのか、カリオスに確かめるように問いかけている。


 その様子を見ながら、オルタは氷壁の山脈でカリオスがこの籠手を見つけた時の事を思い出す。


 アイオーンから聞いた話に出てきたサーナと、カリオスの籠手を作ったサーナ。


 もし仮に、同一人物なのだとしたら、どういう理屈で生きながらえているのだろうか。


 そして、どれだけの技術を持ち合わせているのだろうか。


 オルタがそんなことを考えた時、カリオスが何やらメモを書き始めると、タシェルに手渡した。


 いつものように読み始めようとしたタシェルは、一瞬眉を顰めると、ゆっくりと読み上げ始める。


「『皆には言っておく。俺の予想が正しければ、ミスルトゥには恐らく、サーナとクロムとトリーヌ達が居る。それぞれがどんな関係なのかは分からない。ただ、全員俺達の敵だと考えて行動したほうが良いと思う』……敵? クロムとトリーヌ達は分かるけど、サーナって人は、カリオスとミノーラに、クロムを捕まえるように指示を出した人じゃないの?」


「まぁでも、得体の知れない相手っていうのは、間違いないよな」


 タシェルの共感しながらも、オルタは自身の感想を述べた。


 それを聞いたカリオスは、ゆっくりと頷くと、再びメモを書き出し、タシェルに手渡す。


「『それと、トリーヌに関してだが、もしミスルトゥで遭遇した場合、俺に任せてほしい。狙いは確実に俺だと思うしな。皆はハリス会長の捜索を優先してくれ』……1人で大丈夫? 何か勝算があるの?」


「カリオス、俺も手伝うぜ?」


「そうですよ。皆で戦った方が良いと思います」


 タシェル、オルタ、ミノーラがカリオスに声を掛けるが、彼は頑なに首を横に振ると、改めてメモを書き足した。


「『大丈夫だ。そう簡単に、命をくれてやるつもりはない』……そこまで言うなら。何か算段があるんですね?」


 もう一度確かめるように告げたタシェルの言葉に、カリオスが頷いて見せる。


 その様子を見たオルタは、それなら大丈夫だろうと気持ちを切り替え、先ほどから考えていたことを提案した。


「なぁ、出発前に飯とか食って行かねぇか? 昨日から動きっぱなしで、流石に俺も疲れちまった」


「それなら、ここで食事を出しましょう。多分、店はどこも開いていないからねぇ。そんなに立派なものは出せないけれど、良いかしら?」


 ドクターファーナスの提案を聞き、オルタを含めた全員が頷いて見せた。


 提案しておいてなんだが、オルタはこの状況下で食事を楽しめるのか不安を抱いた。


『腹が減ってたら、しっかり動けねぇよな。それじゃあ、ハリス会長を助けることも出来ねぇし』


 そんなことを思い、自身を納得させたオルタは、早速台所へと向かい出したタシェルやドクターファーナスの後を追ったのだった。

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