第259話 偵察
腕や脚を部分的に凍らされていた兵士たちは、クリスによって自由を取り戻すことが出来た。
ひたすら兵士達の体が溶かし続けたクリスは、ようやく終わったその作業に一息つきながらも、もう一つの難題に頭を悩ませる。
「で、どうやってここから出る?」
クリスに問いかけられたローガン隊長は、苦虫を潰したような表情を浮かべながらも、口を開いた。
「生意気なガキだ……サラ、お前は偵察をして来い。この暗がりの中、そして冷気の中を動けるのは、お前とこのガキくらいだ。何かあれば、すぐにここに戻れ」
ローガンの命令を受けたサラが、一人立ち上がろうとしたのを見て、クリスも一緒に立ち上がった。
自然と、ローガンと視線がぶつかる。
「俺も行くばい。この先に用があるけん、一人でも行くつもりやし」
「用? 兵士を溶かしに来たんじゃないのか? 廊下の冷気が引いて、熊を何とかした後が、お前の出番じゃないのか?」
訝しむような視線を向けて来るローガンは、何とかクリスをこの場に引き留めたいのだろう。
確かに、冷気で動けなくなってしまった時のために、保険として確保しておきたいと思うのは当然だとクリスは考える。
しかし、そうも言っていられない。
空高くから落下してきたアイオーンのことを思い浮かべながら、クリスは首を横に振った。
「そん時までには戻って来るけん、安心しとき。その前に、俺は仲間を助けに行かないけん。言っとくけど、ここの全員が、その仲間に助けられとるけんね」
「それって、もしかしてミノーラのこと?」
確かめるように問いかけて来たサラに対して、クリスは苦笑いを浮かべる。
「まぁ、一瞬だけ、そう名乗ってた時もあるばい。けど、サラの知ってるミノーラじゃないよ。全く別人……人じゃないか」
曖昧な答えに首を傾げるサラを見て、再び笑みを浮かべたクリスは、部屋の扉へと歩み寄った。
「じゃあ、出るばい」
「ああ、今なら大丈夫。外から音は聞こえない」
サラがローガンの方へと視線を投げながら呟く。
その言葉を聞き、クリスはゆっくりと扉を開いた。
暗闇の中、未だに立ち込めている冷気を確認すると、二人は急いで廊下に踏み出す。
部屋の中に冷気が入ってしまわないように、すぐさま扉を閉じると、部屋から零れていた松明の灯りが、瞬く間に消えた。
相も変わらずぼんやりと光っている左腕の籠手を頼りに、二人は北に向けて歩き出す。
暗闇のせいだろうか、普段なら気にしないような衣擦れの音や微かな足音が、異常に大きく聞こえてしまう。
それらの音にビクビクしながら歩いていると、サラがクリスの前に腕を出してきた。
どうやら止まれと言いたいらしい。
彼女の指示に従い、身を屈めたクリスは、じーっと前方に目を凝らした。
ずっと暗闇の中に居たせいだろうか、少し先の方に何やらノソノソと動いている影が浮かび上がってきたように見える。
目の錯覚なのか、それとも暗闇に慣れたせいだろうか。
サラの様子を見るに、どうやら錯覚では無いらしい。
クリスはなるべく籠手の光が目立たないように、左腕を自身の服の中に潜り込ませることにした。
元々ぼんやりとしか光っていない籠手は、布を一枚かぶせるだけで大幅に光量を落とすことが出来る。
まるで左腕を抱え込むような格好になったクリスは、そのままサラの指示通りに近くの壁に空いている穴へと体を潜り込ませていった。
その壁の穴がどうして開いたのか、そう言ったことを考えることなく壁を抜けたクリスは、部屋の中に立ち、周囲を見渡す。
妙に散らかっている部屋の中には、廊下と同じように暗闇と冷気が立ち込めている。
何かがこの部屋で暴れたのだろうか、転がっている簡素な家具には、いたるところに深い傷が入っているようだった。
そうして部屋の床を観察していたクリスは、とあるものを見つけ、咄嗟に目を背けてしまった。
それは、人間の遺体。
完全に凍ってしまっているため、初めは気付かなかったが、兵士と思われる遺体が、数人分転がっている。
凍結を溶かしてあげれば、もしかしたら命は助かるかもしれない。
そんな淡い希望を抱けないほどに、遺体の状態は最悪なものだった。
『ひどいな……何かが居る? もしかして、ザーランドで現れたような奴ら?』
アイオーンの背中から微かに目にしただけの、異形の生物達。
あの時に目にした生物たちの中には、この部屋の家具に刻まれている傷を彷彿とさせるような者も存在していた。
そんなことを考えながらクリスが棒立ちしていると、サラが彼の肩を軽く叩いてくる。
廊下にいた生物がどこかに行ったらしい。
彼女の指示に従って廊下へと這い出たクリスは、再び北に向けて歩き出す。
そのまま、しばらく廊下を歩いていると、もう一度サラがクリスの動きを制止した。
また何かの気配を察知したのかと思ったクリスだったが、何やらサラの様子が先程と違う。
クリスに凝視されていることに気づかないサラは、その場で耳をピクリと動かして見せると、すぐ傍の壁に耳を当て始めた。
そうして、何かを悟ったのか、壁を一度指差してくる。
「この壁の奥から風の音がする」
小さく呟いた彼女の言葉を聞き、クリスは心臓は大きく跳ねたのだった。
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