第250話 所為
「ジェリック! 何言ってんだテメェ! 俺の話を聞いてねぇのか!」
目の前でジェリックに食って掛かるギルを見ながら、オルタは徐々に苛立ちを抱き始めていた。
こんな奴らに構っている暇は、それほど多くは無い。
先程ジェリックが告げた言葉を思い出しながら、オルタはその言葉に賛同する。
そもそも、アイオーンから振り落とされてしまった後、タシェルやクリスの無事は確認できていないのだ。
ミノーラの言う通り、シルフィやアイオーンが居るので無事だとは思っているが、問題はその先である。
ザーランドで見た、根のような物。
もしあれが、カリオスの言う通りミスルトゥが原因だとするならば、エーシュタルでも同じことが起きてもおかしくない。
寧ろ、位置的にはエーシュタルの方が危険なはずなのだ。
『アイオーンの背中に乗って飛んでるならいいけどよ……』
思いながら一瞬空を見上げた彼は、そこに望んでいる影が見当たらないことを確認する。
募る不安を打ち消そうと息を一つ吐き出そうとしたオルタは、彼の足元に隠れるようにしているクラリスと視線を交わす。
怯え切っているその表情を見たオルタは、吐き出そうとした息を今一度飲み込むと、薄っすらと笑みを浮かべて見せた。
そうして、カリオスの方へと行くように促すと、オルタはジェリック達の様子に目を向ける。
未だに続いている耳障りな口論を意識から切り離し、自身のするべきことに集中する。
すなわち、ジェリック達を無力化し、タシェル達との合流を急ぐ。
だとするなら、やはりオルタが担当するべきは、ギルとアリエラの二人になるのだろう。
そこまで考えた彼はそれ以上のことを考えることを止めた。
元来、彼は考えることは苦手な方なのだ。
狙いを定め、体勢を低くしたオルタは、右足で全身を蹴り出した。
屋根の上ということもあり傾斜が付いているため、若干足場は不安定ではあるが、腰で踏ん張りながら駆け抜ける。
瞬く間に隣の屋根へと移った彼は、接近に気づいて身構えているギルとアリエラの首元に、両腕を叩き付けた。
「ぐはっ!」
既に姿を消していたジェリックを除く二人が、短い声を上げながら屋根から落ちて行く。
その様を見た彼は、背後で何かを言っているミノーラの言葉を遮るように、声を上げる。
「任せたぞ!」
その言葉に対する返事を、彼は聞くつもりは無かった。
カリオスとミノーラなら、聞かずとも理解してくれているだろう。
そして、きっと期待に応えてくれるはずだ。
通りに落下した二人が、ゆっくりと立ち上がろうとしている姿を見下ろしながら、オルタは一歩を踏み出す。
当然、足場を失った彼の体は、勢いよく落下を始めたのだった。
石畳の道の上に、低い音を響かせながら着地したオルタは、仁王立ちのまま、ギルとアリエラを見据える。
対するギルとアリエラは、衣服を叩きながら立ち上がると、それぞれが小瓶のような物を取り出した。
「痛ってぇな。クソ。オルタ、テメェ覚えとけよ? すぐにズタボロにしてやるからな。あの時の怪我程度で済むと思うなよ? そう言えば、テメェにとってはこれがリベンジマッチになるのか? まぁ、負ける気はしねぇけどな」
そう告げたギルは、手にしていた小瓶を、自身の左胸辺りに当てがった。
途端に、ぼんやりと光っていたギルのリキッドクロスが、輝きを増す。
アリエラも同様に輝きが増したところを見ると、小瓶を使用したらしい。
「リベンジマッチかぁ。良いわぁ、ウチ、そう言うの好きなんよ。せやから、今日負けたら、また挑戦してくれる? 死なんといてな?」
そうは言いながらも、アリエラは無骨なハンマーを構えると、オルタの方へと突き付けて見せた。
同時にギルも、ナイフを構え直し、攻撃の態勢を整えている。
その二人をゆっくりと見比べたオルタは、一つ息を吐き出すと、短く告げる。
「来い」
真っ先に動いたのは、ギルだった。
オルタが声を出すや否や、一直線に駆け出すと、オルタに目掛けて一本のナイフを投げつけてくる。
投げられたナイフは、ギルの思い通りに動くのだろう、地面に落ちそうな軌道を描いたかと思うと、加速しながらオルタの首元に飛び込んでくる。
そんなナイフを右腕で弾き飛ばしたオルタは、接近してくるギルに向けて左腕を打ち込んだ。
しかし、彼の左拳はいともたやすく躱される。
走りながらも姿勢を低くして躱したギルは、動作の中で何度かオルタの左腕に切り込んだようだが、刃が通ることは無かった。
「硬すぎんだよっ! テメェの体はどうなってんだ」
悪態を吐きながら後退したギルは、弾き飛ばされたはずのナイフを手元に呼び寄せると、タイミングよくキャッチして見せる。
オルタがその様子をのんびりと見ている余裕はない。
ギルが後退したのと入れ替わるように、アリエラがオルタの左手に位置取ると、振り上げたハンマーを彼の脳天目掛けて振り下ろす。
あまりの勢いに轟いた音を耳にした瞬間、オルタは両腕でハンマーを受け止めた。
全身の表面を、強烈な震動が駆け巡ってゆく。
何とか受け止めた掌に痛みを感じながらも、オルタは間髪入れずに両腕に力を込める。
指先にプチプチとした感覚を覚えたその時、彼は近づいて来る足音を耳にし、咄嗟に掴んでいたハンマーを、横に払いのけた。
払いのけられたハンマーと一緒に体勢を崩すアリエラを横目に見ながら、オルタは近づいて来る音の方向を向く。
そうして、上げていた両の拳を握り合わせると、全力で地面に叩きつけた。
叩きつけられた拳を中心に、石造りの道に無数の亀裂が走り回る。
そんな亀裂を凌駕する速度で、重たい振動が、地面に響き渡ってゆく。
「おわっ!?」
地面を走る振動で、足元を崩したのか、走り込んでいた筈のギルが前のめりに倒れ込み始めている。
その隙を逃すわけにはいかない。
視界の端でその様子を捉えたオルタは、大きく一歩を踏み出すと、振り下ろされていた右の拳を握り込んだ。
そして、無防備にさらけ出されているギルの顎に向けて、盛大なアッパーを食らわせる。
放たれた彼の拳は、吸い込まれるようにギルの顎に直撃した。
まるで、跳ね上げられたかのように宙を舞ったギルは、そのまま仰向けの状態で地面に落下する。
開かれたままの顎から、微かな呼吸音だけが聞こえてくることを確認したオルタは、唖然とその様子を見ていたアリエラの方を向き、告げたのだった。
「負ける気がしないってのは、気のせいだったみたいだぜ……なぁアリエラ、おめぇはどう思うんだ?」
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