第247話 待望
思わずオルタの横顔に目を向けていたカリオスは、当然のように飛んで来た怒声を耳にし、咄嗟に身構えながらジェリック達を見据える。
「おい、オルタ! テメェ! 今なんて言った!」
「落ち着きな、ギル。アンタはその、すぐ頭に血が上る癖、どうにかしいや。それにしてもお兄さん、ちょっとばっかし見た目が変わったからって、ウチらに勝てると思うとるん? ギルじゃあ無いけど、さっきのは流石に調子に乗りすぎと違う? あの日、泣きながら何も出来んかったの、もう忘れたん?」
一歩を踏み出しながらそう告げたギルとアリエラは、それぞれの武器を構えながら、オルタに向かって睨みをきかせた。
二人の鋭い視線に射貫かれたオルタはと言うと、怯えるでもなく、怒り狂うでもなく、静かに睨み返している。
その姿を目にしたカリオスは、どことなくホッとする。
そうして、自身のやるべきことを思いだしたかのように、右腕の籠手に左手を添えると、スライドを始めた。
「カリオスさん。やるんですね?」
少しばかり嬉しそうな響きを込めながら、ミノーラが問いかけてくる。
彼女に頷いて返答したカリオスは、未だに背中を見せたままのジェリックに向けて、籠手を構えた。
「……ギル、アリエラ。そんな奴らに構っている暇があると思っているのか? 挑発に乗るな」
呆れたような口調でジェリックが告げると、武器を構えていたギルが落胆して見せる。
かと思いきや、空を仰ぐような仕草をしながら、声を張り上げた。
「うんざりなんだよ! 何なんだ!? 俺らがこんな奴らにてこずるとでも思ってんのか!? ふざけんじゃねぇよ! いくらテメェだろうと、それは俺たちに対する侮辱と取るぜ!」
ギルは大声で叫びながら、拳を握り込んだ両腕を大きく振りかざしはしたものの、振り下ろす場所に困っている。
結局、握り込んだ拳のまま、だらりと降ろすしかなかったのだろう。
棒立ち状態で空を見上げているギルが、ゆっくりとジェリックの方へと視線を移していった。
その、あまりの気迫を前に、カリオスは見入ってしまう。
それを知っているのか、ゆっくりとした動作でこちらを振り返ったジェリックは、オルタに向けて問いかけた。
「お前ら、どうやって俺たちの情報を知った? ついさっき、空から落ちた時、どうやって助かった? そもそも、どうやってここに来た? 仲間はどこだ? なぜそんなに悠長に立っていられる?」
「ジェリック! 何言ってんだテメェ! 俺の話を聞いてねぇのか!」
蚊帳の外に置かれたと感じたのか、ギルが怒りを顕わにジェリックへと詰め寄り始めた。
そんな様子を見ながら、カリオスは背筋に寒いものを感じる。
カリオス達がジェリック達の情報を知っていることに対する疑問。
カリオス達が空から落ちてきたことに対する疑問。
ここに来た方法に対する疑問。
そして、仲間の安否を心配していない様子を見ての疑問。
ジェリックは今までの話を聞いただけで、これだけの疑問を抱いたのだろうか。
『だとするなら、察しが良すぎるだろ……』
敵に回すと危険なタイプだ。
彼が改めてそう思った時、それを裏付けるように、ジェリックが視線をカリオスへと移してくる。
「おい! 聞いてんのか! ジェリック! この野郎!」
「ギル、いい加減落ち着きな。あんたさっきから煩いよ」
ついにアリエラまでもが口げんかに割って入ったその時、カリオスは自身の左手が誰かに優しく握られたことを感じ、思わず視線を落とした。
彼を見上げながら手を握り締めているクラリスが、そっとカリオスの右側を指差す。
釣られるようにクラリスの差した方を見たカリオスは、隣に立っていたオルタが、急に姿勢を落としていることに気が付いた。
そして、気が付いた時には既に、オルタは風のように走り出したのだった。
二歩、三歩と大きな歩幅で駆けた彼は、瞬く間にジェリック達の居る家の屋根へと飛び移ると、盛大に突進する。
あまりに突然の事だったため、カリオスとミノーラも反応出来ない。
しかし、それは相手方も同じようで、即座に影の中に入り込んだジェリック以外の二人は、オルタの両腕に弾かれるように通りへと落ちていった。
「オルタさん! いきなり飛び出しちゃ……」
思わずと言った感じでミノーラが声を上げるが、その声を遮るように、オルタが声を張り上げた。
「任せたぞ!」
その言葉を聞き、ようやく状況を把握したカリオスとミノーラは、互いに頷き合うと、すぐさま行動を始める。
影の中に逃げてしまったジェリックは、ひとまずミノーラに任せるしかない。
屋根から飛び降りていったオルタの姿を探すために、カリオスは隣の家の屋根に向かう。
屋根と屋根の隙間はそれほど広くないようで、クラリスを連れて飛び移った彼は、通りにオルタの姿を見つける。
この辺りはあまり激しい戦闘が行われた訳では無いのだろう、人通りのない道のど真ん中で、オルタがギルとアリエラに対峙している。
「カリオスさん!」
通りの様子を見降ろしていたカリオスは、背後から呼び掛けられたのに気が付くと、腰のポーチに手を伸ばしながら振り返った。
声の聞こえた方には誰もいない。
居るのはカリオスのズボンをギュッと握り締めているクラリスだけ。
そんな彼女を庇うように抱き寄せたカリオスは、ポーチから取り出したクラミウム鉱石を籠手に装填する。
月明かりしかない夜の下、動くものが視界に入るのを、ただひたすらに待ち続ける。
そんな静寂の戦いと対照的に、背後からは激しい衝撃音が響き渡ってくる。
この状況に恐怖を抱いているのだろう。
微かに震えているクラリスの温もりを感じながら、カリオスはひたすらに待ち続けたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます