第7章 狼と臆病な詐欺師

第236話 晩餐

 シルフィとミノーラの案内で、カリオス達がザーランドを見つけたのは日が昇った頃だった。


 空の低い位置から差し込んでくる逆光に、目を細めたカリオスは、一人茂みの中から街の様子を観察している。


 全員で様子を伺っていれば見つかる危険性が跳ね上がる。


 そんな懸念を抱いたが故の、単独行動だ。


 他の皆は山の麓の森に身を潜め、カリオスの帰りを待ちながら、各々の準備を進めているだろう。


『さて、一つでも多く情報を集めないとな……』


 自身を鼓舞するように心の中で呟いたカリオスは、改めてザーランドに目を向けた。


 建物の様子は、どこかボルン・テールに似ているような気がする。


 特に、いくつもある煙突からモクモクと煙が吐き出されている様子は、そっくりと言って良いだろう。


 その煙がどういった要因で上がっているのか、流石に分からないが、何かを作っているのだろうことは想像できる。


 こんな早朝から何を作っているのか気になりはしたが、彼は次の物へと視線を移した。


 街を囲んでいる低めの城壁。


 少し前までエーシュタルに居たからだろうか、ザーランドの街を囲んでいる城壁が、やたらと小さなものに見えてしまう。


 とは言え、カリオスだけで石造りのその壁を正面から突破することは出来ないだろう。


『まぁ、ミノーラなら大丈夫そうだな』


 一か所だけ簡素な作りの門があるようだが、正直に門を通らずとも、ミノーラなら忍び込むことは可能そうだと結論付けた。


 次に彼が目にしたのは、街の周囲の様子だった。


 今、彼が居る森は、ザーランドから見て北西に位置しており、森と街の間には小さめの平原が広がっている。


 その平原の真ん中には、一本の川が横たわっていた。


 少し距離があるので深さなどは分からないが、それなりに大きい川のようで、木造の橋が架けられている。


 その様子を確認したカリオスは、メモを取り出すと、大体の距離感を目測しながら簡単な地図を描いた。


『ざっくりだけど、川が少しだけ街の方に寄ってるみたいだな。橋も見渡す限りでは一つしかない。あそこを渡すのは少し危険か? 救出班は良いとして、襲撃班は少し考えないといけないな……川で足止めを食らうのは良くない。まぁ、アイオーンに乗せてもらえば済む話か』


 平原の様子と描いた地図を見比べ、木のある場所や川の位置を細かく修正したカリオスは、他に見るべきものが無いか再度周囲を見渡す。


 見渡した際に逆光に目を細めたカリオスは、思いだしたように地図の上部に記号を描き加えた。


『方角は大事だよな……あとは……こんなものか? 街の中に関しては、シルフィに偵察を頼むか。それじゃ、後は戻って仕上げをするだけだな』


 頭の中で情報を整理した彼は、腰のポーチを軽く撫でると、森の奥へと歩き始めた。


 勿論、姿勢は低くした状態で、なるべく姿を見せないようにしている。


 そうして、十数分歩いた頃だろうか。


 彼は森の中に小さく開けた場所を見つけ、ゆっくりと様子を伺いながら歩み寄った。


「おう、カリオス。やっと戻ったのか? で、どうだった? 何か分かったか?」


 用心しながら近づいていた彼の緊張を、完全に吹き飛ばしてしまったのはオルタの声だった。


 沢山の枝を抱えているオルタは、カリオスの背後から現れると、のんびりとした歩調で広場の中央へと向かっている。


 気を張りすぎだったかとため息を吐いた彼は、緊張を解すように背伸びをしながら、オルタの後を追う。


 そんな二人の進行方向では、皆が鍋を囲んで座り込んでいる。


 正直な話、煙や匂いで気づかれないかと思ってしまうカリオスだったが、その辺はシルフィとアイオーンが何とかしているらしい。


 確かに、森の中を歩いている間に、食欲をそそるような香りは漂ってこなかったし、目立つような煙も上がっていない。


『まぁ、ろくに食事もできて無かったからな』


 食欲が警戒心より勝っていることを自覚したカリオスは、腹を押さえながら鍋の傍に歩み寄ると、皆と同じように腰を下ろす。


「おかえりなさい、カリオスさん。これ、美味しいですよ! さっき獲りたての兎のシチューです。私頑張ったので、一杯食べてください! あ、料理をしたのはタシェルですけどね」


「ううん、ミノーラが獲って来てくれなかったら作れなかったから、お互い様だよ。それより、はい、カリオスさんの分。話は食べ終わってからで大丈夫なので」


 木製の器に入ったシチューを受け取ったカリオスは、代わりにメモをタシェルに手渡すと、深く息を吸い込んだ。


 鼻の穴から、香ばしい旨味が潜り込んでくる。


 自然と唾液が分泌されたことを感じた彼は、スプーンで掬ったシチューを口へと運ぶ。


 口中に広がった濃厚な甘みと熱を堪能し、ゆっくりと飲み込んでゆく。


 火の通った兎の肉は、幾ばくかの歯ごたえを残しつつも、噛み締めるたびに旨味があふれ出してくる。


 一口、一口を楽しんだ彼は、気が付けばシチューを平らげてしまっていた。


 空になった器を覗き込み、自身が全て食べてしまった事を実感する。


 たった一皿のはずなのだが、何か重たいものが喉から転がり落ちて行き、胃の辺りで落ち着いたような気がした。


「どうでした? ハーブがあれば、もっと美味しかったと思うんだけど、手持ちに無かったから薬草で代用してみたんです」


 心配そうに告げるタシェルに向けて何度も頷いたカリオスは、思わず微笑みが零れてしまうのを止められなかった。


「良かった」


 彼の反応を見て安心したのか、タシェルは小さく呟く。


 不意に訪れた沈黙が、カリオス達を優しく包みこんでゆく。


 誰もが空になった器を眺めながら、口を閉ざし、誰かが声を上げるのを待っているようだった。


 そんな空気にどことなく寂しさを覚えたカリオスは、気を取り直すように立ち上がると、空っぽになった鍋の中に器を入れる。


 そうして、皆の顔を一通り見渡すと、大きく頷いて見せた。


「よしっ! それじゃあ、作戦会議を始めようぜ!」


 オルタの声掛けを聞き、全員が器を鍋へと放り込む。


 だんだんと積み重なってゆく器に、一瞬だけ目を向けたカリオスは、すぐに前を向くと、メモを片手に話し始めたタシェルの声に耳を傾けたのだった。

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