第220話 飛行(追憶)
「これが外の世界なんだ! すごく広いし、空気は気持ち良いし、自由に飛べるし、最高だね!」
一度サーナを降ろした後、アイオーンは再度一人で空へと飛び立っていた。
空に浮かんでいる日が落ちるまでに帰る事、そして、生き物を食べない事。
グランに言われた事を思いだした彼は、上空を見上げながら、考える。
「日が落ちてきたら、危ないんじゃないかな? あ、そうか、だからそれまでに帰らなくちゃいけないんだね。外は凄く綺麗な場所だけど、危ない事もあるんだね。ちゃんと気を付けよう」
そんなことを呟きながら街の上を滑空していた彼は、なにやら近づいて来る生物の存在を感じ取り、左後方へと視線を向ける。
近づいて来ていたのは、鳥の群れのようで、アイオーンを避けるように飛びながらも、彼の後ろを着いて来ていた。
「こんにちは! 皆はどこに行くの?」
気分の良かった彼は、なんとなくその鳥の群れに話しかけてみた。
しかし、返事が返ってくることは無く、無言で彼の後ろへと回り込んでゆく。
その様子をみた彼は、少しだけ悪戯をしてみようと思い、今までよりも強く羽ばたいてみた。
そうして、勢いをつけた彼は、身体を上空へと持ち上げて、縦に大きく一回転して見せる。
当然、その間も鳥の群れは前進を続けている訳で、結果的に、彼が鳥の群れを追いかけるような構図に落ち着いた。
狙っていた通りの動きをすることが出来た喜びと、これだけアピールすれば返事があるだろうとの思惑から、彼は再び声を掛けてみる。
「こんにちは! ねぇ、どこに行くの? 教えてよ! この世界にはどんな場所があるの?」
それでも、鳥の群れから返事があることは無く、むしろ、アイオーンから逃げるように飛ぶ速度を上げ始めた。
その様子に少しだけムッとした彼は、ため息を吐きながら呟く。
「少しくらい話してくれても良いじゃんか。まぁ、良いか」
反応のない鳥のことは諦めて、アイオーンは周囲を見渡してみる。
他にも誰かが居ないだろうか、と探しているうちに、彼は遥か下の草原を歩いている人間の一向に気が付いた。
「人間なら、きっと話をしてくれるはずだよね!」
そう呟くと、彼は翼を畳んだ状態で急降下を始める。
まるで、槍のように落下を始めた彼は、急速に近づく地面と全身を流れて行く風を感じた。
そうして、あと少しで地面に衝突しそうだと思った時、翼を大きく広げて減速する。
思っていた以上に強い衝撃を受け、一瞬焦りを抱いた彼だったが、何とか減速することが出来たことに笑いを溢す。
「危ない危ない。もう少しで地面にぶつかるところだったよ。えっと、どこに行ったかな?」
彼の翼が巻き起こす風で靡いている草原を見渡しながら、彼は人間達の姿を探す。
右前方の少し離れた位置にその姿を見つけた彼は、躊躇することなく一行の元へと飛び込んで行った。
急接近する彼の姿を見たのか、人間達はこちらを指差しながら、何やら棒状の物を構え始めている。
先程とは違い、反応を示してくれることに喜びを感じた彼は、思わず声を上げた。
「こんにちは! 皆さんどこに行くんですか? もしよかったら、話しませんか?」
そう声を上げた彼は、次の瞬間、何かが体に当たってはじけ飛んだことに気が付く。
「ん?」
何が起きたのか良く分からなかった彼は、少しずつ速度を落とすと、草原へと降り立った。
「何かが当たったような気がするんだけどな……」
特にぶつかるような障害物があったわけでは無い。
それでも感じた感触を探ろうと、全身に目を向けていた彼は、再び同じような感覚を覚え、自身の右の翼へと目を向けた。
折りたたまれたその翼に異変は無い。
しかし、彼は地面に何やら棒状の物が落ちていることに気が付き、それを口で咥えてみた。
「何だ? これ」
棒の片方の端は、羽のような物が付いており、反対側には尖った何かが付いている。
どうしてそんなものがそこにあるのか、それがどういった目的の物なのか。
そんなことを理解していない彼は、再度何かが弾けたことを認識する。
彼の顔に当たったそれは、弾かれ、同じように草むらの中へと落ちて行った。
「? 何? どういう事? これをくれるってこと? あ、もしかして、食べ物だったり?」
思い付きのまま、口に咥えていたそれを咀嚼してみた彼は、すぐさま吐き出した。
「マズッ……食べ物じゃなさそう」
彼がそんなことを呟いた時、人間達の中の一人が、他の人間に向けて声を上げた。
「お前たちは先に逃げろ! 良いから! 速く行け!」
「え? ちょっと、逃げないでよ。少し話がしたいんだけど」
「この化け物め!」
近寄ろうとするアイオーンに向けて、先ほどの棒の先端を向けてきた男は、勢いよくそれを投げた。
一瞬中を待った棒が、次の瞬間にはアイオーン目掛けて勢いよく飛び掛かってくる。
再び顔で棒を受けた彼は、一瞬目を閉じてしまうものの、痛みはない。
「ちょっと、それはもう止めて! 痛くはないけど、嫌だから!」
そう告げた彼が人間に向けて一歩を踏み出した時、急激に地面が揺れ始めた。
次の瞬間、彼の周辺の地面が隆起し始め、数本の槍になって襲い掛かってくる。
初めて見たその現象に驚きつつも、彼は不思議と恐怖は感じなかった。
それを裏付けるように、土で出来た槍は、彼の体を貫くこともできずに、粉々に砕け散ってゆく。
「くそっ! なんて硬さだよ! この化け物が!」
「止めてってば!」
再び飛んで来た棒を翼で弾き飛ばしたアイオーンは、次の瞬間、今までに嗅いだことがないほどの良い香りを感じた。
どこから漂ってきたのか分からないその香りに釣られるように、彼は首を伸ばし、思い切り口を開く。
彼は食欲をそそるその香りを口の中に含んだことを確認し、一息に飲み込む。
そんな様子を見ていた人間は、我を忘れたようにその場に膝を付くと、涙を流し始める。
そうして、鋭い視線を彼に向けながら言った。
「お、お前は……何を……」
その言葉の意味が分からなかった彼は、首を傾げながら応える。
「別に何もしてないよ。ちょっと美味しそうな匂いの空気があったから食べてみたけど、やっぱりお腹は膨らみそうにないなぁ。ねぇ、それよりも、僕と少し話さない?」
そんなアイオーンの提案を聞いた人間は、絶望の表情を浮かべながら、一目散に逃げ出して行ったのだった。
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