第207話 入口
オルタは見つけた狐の像をしばらくの間引っこ抜こうとしてみた。
しかし、像はびくともしない。
どうやら地面に深々と埋まってしまっているらしいその像は、胸元から上だけオルタに姿を見せている。
もしかしたら、柱か何かの頭の部分なのだろうか。
そんなことを考えたオルタは、取り敢えず一番近くにいたミノーラへと声を掛けた。
「ミノーラ! こっちに来てくれ!」
相変わらず吹き荒れている吹雪の中、声を張り上げる。
口を開くたびに入って来る大量の雪を吐き捨てながら、オルタは像を指差して見せた。
すぐさま意図を理解した様子のミノーラが、なにやら像のニオイを嗅ぎ出す。
しかし、流石のミノーラでもニオイから手掛かりを見つけ出すことは出来なかったようで、ゆっくりと首を振り始めた。
そんな時、カリオスも像の存在に気が付いたようで、こちらへと歩み寄ってくる。
黙々と歩くカリオスは、足元の狐の像をしゃがみ込んで調べたかと思うと、何やら遠くの方を眺め始めた。
彼の視線に釣られて遠くへと視線を向けたオルタは、特に何かを見つけることは出来ないまま、カリオスへと視線を戻す。
「なんだ? 何か分かったのか?」
一応声を掛けてはみたのだが、カリオスに聞こえているかは分からない。
しかし、オルタの声が届いたのかどうかは置いておくとして、カリオスがオルタに向けて何かを伝えようとし始めた。
狐の像の鼻先を指し示し、続けざまにその鼻先が向いている方を指差す。
何を言いたいのか。
と疑問を抱いたオルタは、ノルディスの言っていた言葉を思い出し、瞬間的にカリオスの言いたいことを理解する。
「そうか! 坑道の入口に導いてくれるのは、白狐の頭! ってことは、この狐の像が向いている方に入口があるってことだな!」
普通に考えれば、この状況でそんなヒントを与えられても、現状の打破は難しいと考えるだろう。
偶然見つけることが出来た狐の像が雪の下に埋もれていたことを考えるに、他の像も埋もれているに違いないのだ。
しかし、やることを見つけたオルタにとって、そんなことは左程大きな問題にはならなかった。
「ミノーラ! カリオス! 急いでタシェル達を担いで移動するぞ! 目的地が分かれば、こっちのもんだぜ!」
そう告げたオルタは、漲って来る活力に身を任せるように、タシェル達の元へと駆けた。
ミノーラとカリオスがしっかりと後ろを着いて来ているのを確認したオルタは、しゃがみ込んでこちらを見上げているタシェルとクリスに告げた。
「安心しろ! 移動するぞ!」
それだけ言ったオルタは、有無を言わさずにタシェルを抱きかかえる。
背中にリュックを背負いながら、タシェルをお姫様抱っこできるのは、流石ウルハ族と言ったところなのだろう。
「ミノーラ! クリスは任せたぞ!」
オルタの指示を聞き取ったのか、ミノーラはクリスを背中に乗せようとし始めた。
寒さで体が動きにくいのか、クリスはなかなかミノーラの背中に乗ることが出来なかった。
その様子を見兼ねたのか、カリオスの手助けのお陰でなんとかミノーラの背中にしがみつくことが出来ている。
そこまでを見届けたオルタは、先ほど見つけた像の向いていた方向へと歩き始める。
そこで彼は、一つのことに気が付く。
「次の像はどうやって探せばいい?」
神経を集中して周囲に目を配るが、視界が良くなったわけでは無いので、見つけることは難しそうだ。
どうしたものかと彼が思考を巡らせたその時、オルタの前方の地面に積もっている大量の雪が、勢いよく舞い上がり出した。
突風でも吹いたのかと慌てたオルタは、身構えると同時にミノーラがすぐ隣に立っていることに気が付く。
身構えて少し体をかがんだおかげだろうか、彼女の告げた言葉を、オルタは何とか聞き取ることに成功する。
「シルフィにお願いしました。地面が見えれば、像も見えますよね」
ミノーラの言う通り、雪が舞い上がったことで埋もれていた筈の地面が姿を見せている。
既に少しずつ雪が積もり始めてはいるものの、像を探す難易度は格段に下がっただろう。
その思惑の通り、少し先に像を見つけたオルタは、像の向いている方角と彼らの進路が同じであることを確認し、一つ頷く。
「よし! 何とかなりそうだ!」
そのまま歩みを進めたオルタ達は、着実に像を見つけながら、少しずつ山を東に移動する。
今までの歩みに比べ、一段と速度を出すことが出来たのは、確実に足元の悪さを取り除けたおかげだろう。
『初めからこうしておけば良かったな……』
シルフィのお陰で雪が吹き飛ばされた地面は、少しばかり滑りやすくなってはいるものの、格段に歩きやすい。
そうして歩き続けたオルタ達は、少し山を下り始めた斜面に差し掛かった時、とあることに気が付く。
左手は険しい断崖の壁になっており、右手は対照的に崖っぷちになっている。
そんな場所で新たな像を見つけたオルタは、その像が今までの像とは真逆の方を向いていることに気が付いたのだ。
つまりは、今しがたオルタ達がやって来た方向。
「通り過ぎた!? どういう事だ? 入口なんてどこにも……」
慌てて元来た方に目を向けたオルタは、ふと断崖の壁へと目を向ける。
ノルディスから聞いた話では、山の中に坑道があるとのことだった。
その話を聞いたオルタは、ボルン・テールにあったような坑道を思い浮かべ、無意識にこう思っていた。
どこかに穴でも開いているのだろう。
洞穴なのか、竪穴なのか。
どのような形かは分からないが、見ただけで分かるようなものだと思っていたのだ。
しかし、良く考えればそんなわけもない。
「こんな像があるんだもんな……誰が作ったかは知らねぇが、入口に扉が付いててもおかしくはないか」
そう考えたオルタは、ミノーラやカリオスに目配せをすると、岩壁の方へと歩み寄り、扉のような物がないか探し始める。
しばらくして、少し離れた位置を調べていたミノーラが駆け寄ってくる。
「オルタさん! ありました! シルフィが見つけましたよ! 大きな扉です!」
案内されるままにミノーラに着いて行ったオルタは、近くにタシェルを降ろし、指し示された岩壁を軽く叩いてみる。
硬い、そして甲高い音が鳴ったことを聞き取ったオルタは、間違いなく扉であると確信し、思い切り押し込んでみた。
しかし、その扉は非常に重たいのか、びくともしない。
まだ力が足りないのかと、再び全力を込めて押し始めたオルタの隣で、カリオスとミノーラも加勢し始める。
そこまでしてようやく、岩が擦れるような音とともに、壁に小さな隙間が現れた。
長い時間、開閉されることが無かったのだろう。
軋むような音を立てたその扉は、オルタが通れる程の隙間を開けて、びくともしなくなった。
ようやく吹雪の中から逃げ出せると安堵したオルタ達は、我先にと扉の中へと入り込んだ。
カリオスが手際よく焚火を作り、灯りと暖を取り戻したオルタは、一本の松明を手に、息を呑むことになる。
「……なんなんだ……ここは」
彼らの入って来た扉の前には、広場のような場所があり、その広場を精巧な造りの手すりが囲っている。
その手すりから外には、山の中をくり抜いたかのような、広大な空間があった。
天井を支えている太い柱が、無数に、そして均等に並んでおり、松明の光が届かないほど奥まで続いている。
それらの柱の間を縫うように、石造りの道や階段が縦横無尽に張り巡らされていて、彼は一つの街でも見ているような錯覚に陥った。
山の中に、一つの国がある。
そう言われても、にわかには信じがたい話ではあるのだが、これを目の当たりにした今、オルタがそれを完全に否定することは出来ないだろう。
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