第196話 鉱液
イルミナの案内で軍本部へと向かったクリス達は、流れるような手際で会議室へと通された。
昨晩の部屋とは打って変わり、全員分の椅子が用意されている。
板張りの床には、何らかの保護がされているのか、テカテカと光を反射していた。
そんな一室に入った面々は、各々の赴くままに椅子へと腰かけると、誰が話し始めるのかと、沈黙した。
その空気を感じたのか、イルミナが率先して口を開く。
「ノルディス長官は少々遅れて来られると思います。オルタさんについても、応急的な治療を行った後、こちらへと運んでくるように手配済みですので、先に私達だけで話しを始めておきたいと思います」
「先に私の案件を聞かせて頂いても良いかな? 何しろ、夜になってしまえばここにいられないのでね」
そう告げたマーカスが、有無を言わさずに話を続ける。
「昨晩、ミノーラとクリス君を救出しようとしたカリオス、タシェル、オルタ、そしてイルミナの四人は、レイガスとトリーヌに襲撃を受けた。これは間違いないのだね?」
「間違いありません」
イルミナの短い答えを聞いたマーカスは、一つ頷くと、再び口を開く。
「二人の狙いは何だ? レイガスはカリオスを狙っていたと仮定するとして、そのトリーヌと言う人物は、何を狙っていた。もしくは、レイガスに協力する理由は何だ? イルミナ、知っていることを教えてくれ。」
「私が見た限りでは、レイガスもトリーヌも、カリオスさんのことを狙っていたように見えます。そして、マーカス、一つ訂正をしておきますが、奴らは二人ではありません。最低でも三人、場合に寄っては四人か、それ以上の可能性もあります。二人が逃走した際に、手助けをしたであろう人物がいるのです」
そこで一旦言葉を切ったイルミナは、一つため息を吐きながら、言葉を付け加えた。
「それと、マーカス、聞いておきたいのですが。あなたはリキッドと呼ばれるものをご存じですか?」
「……リキッド? 初耳だ」
「そうですか。まぁ、ボルン・テールではあまり聞かないかもしれませんね。私も噂程度と認識していたのですが、どうやら実在しているようなのです。正式名称は『クラミウム鉱液』通称リキッド。詳細な特性などは分かりかねますが、液状のクラミウム鉱石で、ぼんやりとした光を放つと言う特徴があるようです。昨晩の襲撃者達は、赤い光のラインが入った衣服を纏っていました」
「……クラミウム鉱液? 衣服に纏う?」
「マーカスさん、その、私もそのリキッド? について、一つ報告しておきたいことがあります」
そう言いながら立ち上がったタシェルが、ゆっくりとクリスの方へと歩み寄ってきた。
何か話を振られるのかと身構え始めたクリスを、タシェルは一瞬見やると、彼の肩に手を添えながら告げる。
「昨日は色々あったし、手紙に書いていたので言わなかったんですけど、クリス君の妹、クラリスちゃんが、そのリキッドの服を着た刺客に攫われたんです」
「刺客? ……ということは、差し向けて来た相手の目星はついているのだな?」
「はい。レイガスのことを知っていたことから、差し向けて来たのはクロムだと思ってます」
タシェルのその言葉を聞いたマーカスは、少し考え込みながらクリスの方へと目を向けてきた。
クリスはと言うと、マーカスの視線を見返しながら、惨劇の起きた夜のことを思い出す。
嵐で雨や風が吹き荒れている中、誰かの背中に背負われた状態で呆然と見ていた光景。
嫌な記憶を思いだしたとともに、クリスは一つのことに気が付く。
「……クラリスを攫ってった奴らは、服に黄色い光のラインが入っとったばい! 赤じゃなかった!」
忘れるわけもない。
飛び散る鮮血と悲鳴の中、短刀で大勢を切り裂いて行く男の姿。
目がチカチカするような色の線が、視界一杯で暴れ回っていたことを覚えている。
妹のクラリスが囚われた時、何をすることもできず、声を上げることすら出来なかった。
恐怖に震えていたその時の自分を思いだしたクリスは、涙をにじませながらも、歯を食いしばる。
そんな様子に気が付いたのか、タシェルがクリスの頭を優しくなで始めた。
無性にその手を跳ね除けてしまいそうになる衝動を感じながら、クリスは項垂れたのだった。
「ふむ……リキッドか。少し調べてみよう。幸い、その手の話に強い方がボルン・テールには多くいるからな」
「あと、これは私の主観的な感想なんですけど、リキッドの服を着てたトリーヌと戦ったんですけど、まるで精霊と戦ってるみたいでした。シルフィと同じ、力の精霊です。石を自在に飛ばしてきたり、飛ぶ速度が異常に速かったりしたので」
「飛ぶ? そうか、リキッドはそのような事まで出来るようになるのか……」
タシェルの追加の報告を聞いたマーカスが、そう呟くと、タシェルが彼の言葉を否定して、言葉を続けた。
「あ、いえ、トリーヌはトアリンク族だったので、飛ぶこと自体は不思議じゃないんですけど、その速度が異常だったんです」
説明を聞いたマーカスは、少しの間考え込むと、今まで黙り込んでいたカリオスへと視線を向けて、問いかけた。
「話は戻るが、カリオス。狙われる理由に心当たりはあるのか?」
その場の全員の視線が、おのずとカリオスへと向けられる。
そんなことは予想していたのか、一つため息を吐いたカリオスは、メモに何かを書きだすと、それをマーカスへと手渡した。
「『トリーヌはミスルトゥで子供を亡くしてる。その原因が俺にあると思われていてもおかしくはない』……そうか」
「どうしてですか? あの一件は私が悪かったんですよ? だから謝罪もしましたし。狙うなら、私じゃないんですか?」
マーカスが読み上げたのを聞いたミノーラが、カリオスに向けて問いかけている。
そんな質問を聞いたカリオスは、一瞬ミノーラへと目を向けたかと思うと、沈黙を保ったまま、俯いている。
事情を知らないクリスが、二人にも色々あったのかと考えていると、部屋の外から低い足音が響いて来た。
その足音は扉の前で止まったかと思うと、勢いよく開け放たれた。
そうして扉から部屋へと入って来たノルディスとオルタ、そして一人の女性が、沈黙を貫いているクリス達を一望する。
「おいおい、どうした? 辛気臭せぇなぁおい。お? その金髪はマーカスじゃねぇか。久しぶりだな。こんなところで何してんだ?」
威勢の良いノルディスの言葉が部屋の空気を振動させ、先ほどまでの沈黙が嘘だったかのように騒がしくなる。
クリスはそんな部屋の中で、項垂れているカリオスと腑に落ちていない様子のミノーラ、そして、困惑の視線を投げるタシェルに気が付いたのだった。
彼女の目がどこに向いているのか、視線を追ったクリスはすぐさま気が付く。
気まずそうにしているオルタと、そんなオルタのすぐ隣に立っている猫耳族の女性。
「……はぁ」
真新しい情報で頭が混乱していたところに、また新たな要素が加わったことで、クリスはため息を一つ吐いたのだった。
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