第195話 失念
高らかに上がる歓声と拍手の中、クリスは上空の映像を見ながらため息を吐いた。
怒涛の攻防を繰り広げた後、とどめを刺されたようにオルタが仰向けに倒れ込んだ様子を見て、気が抜けてしまったのだ。
オルタが勝つかもしれない。
そんな些細な期待を打ち砕かれたような感覚の後、彼は無性に悔しさを感じていた。
圧倒的な強者から繰り出される攻撃に喰らいつき、意地でも攻撃を止めなかったオルタの姿を見て、感化されてしまったのだろう。
少なくとも、クリスにとって今の試合は彼自身の中に何か熱いものを彷彿とさせたのだった。
彼が抱いた感覚は多くの観客も抱いたのかもしれない。
クリスがそう感じる程に、会場には熱気が溢れかえっている。
「オルタさん! すごく頑張ってましたね! クリス君見ましたか?」
隣で尻尾を振りながら、興奮冷めやらぬ口調で語り掛けて来るミノーラ。
そんな彼女の方へと目を向けたクリスは、こみあげて来る言葉を全て口から吐き出した。
「見たばい! やべぇよな! バリ格好よかった!」
思わず立ち上がりながら告げたクリスは、視線をミノーラからタシェルへと移す。
どこか浮かない顔をしている彼女は、食い入るように映像に目を向けている。
その様子を見た彼は、思わずニヤケそうになるのを堪えながら、タシェルへと言葉を掛けた。
「タシェルどうしたん? 心配しようと? それとも、オルタが負けて落ちこんどると?」
「えっ?」
クリスの言葉を聞いたタシェルは、素っ頓狂な返事をしたかと思うと、顔を赤らめながら答え始めた。
「べ、べつに、怪我は酷いみたいだけど、大会だから、致命傷じゃないと思うし、負けちゃったことに関しても、ノルディス長官相手なら、仕方がないというか。……ちょっと、他にも気になってる事はあるけど……」
「気になってる事ってなんですか?」
最後ぼそぼそと話したところを聞き取れなかったクリスが、何と言ったのか聞き返そうとした時、ミノーラが会話に入って来た。
タシェルはミノーラのことを忘れてしまっていたのか、聞き返されるとは思っていなかったようで、少し慌てながら視線を泳がせる。
そんな様子を見てクリスがにやけるのを我慢できるわけもなく、すぐにタシェルに見つかってしまう。
「からかってるの? もう! 二人には教えてあげない! それよりほら、オルタさんのペアだった人が降参したみたい。まぁ、仕方ないよね」
上空の映像には、札を受け取って腕を掲げているノルディスの姿が映されていた。
勝利宣言なのだろう。
満面の笑みを浮かべている彼の姿は、まさに勝者そのものだ。
そんな彼はゆっくりと歩きながら中央へと歩き始めると、係へと札を手渡した。
そこで、試合終了を告げる実況の声が会場に響き渡る。
「オルタさんを迎えに行けないかな……」
「誰かに聞いてみましょう! 入口に受付がありましたよね? ちょっと聞いてきます!」
タシェルの呟きを聞いたのか、ミノーラはそう告げると、観客席横の通路へと駆け出していった。
既に闘技場を出ようと列をなしている人々の合間をすり抜けていく芸当は、彼女にしかできないだろう。
「私達も行きましょうか。カリオスさん、良いですよね?」
タシェルの呼びかけを聞いたカリオスが頷くのを見て、クリスとタシェルは立ち上がった。
観戦中座りっぱなしだったこともあり、背筋を伸ばすと、妙に心地いい。
ぞろぞろと歩く人並みに身を任せながら、クリスはタシェルとカリオスに挟まれる形で闘技場の入口へと歩いた。
傍を歩く人々が口々にオルタのことを話している。
そんな話声を聞くたびに、クリスは妙に気恥ずかしさと嬉しさを感じたのであった。
そうして入口へと辿り着いた三人は、受付のところで気まずそうに待機しているミノーラを見つける。
なぜ気まずそうにしているのか、と考えたクリスだったが、ミノーラの隣に立っている女性をみて納得せざるを得ない。
「イルミナさん! どうしてここに?」
タシェルも驚いたようで、ミノーラの隣に立っているイルミナへと声を掛けている。
「どうして、とは? 昨晩の話では、試合終了後に改めて話をするとのことでしたので、ここで皆さんのことを待っていたのですが」
「あぁ……そうなんですね」
それ以上言葉を続けることが出来なかったのか、タシェルは言葉を濁した。
普段のクリスであれば、ここでタシェルと同じように黙り込んだのだろうが、この時は妙に気持ちが浮ついていたのだろう。
クリスは沈黙が広がる前に切り出していた。
「オルタのにいちゃんに会いたいんやけど、どうにかできんの? おばさん」
「おっ……!?」
昨晩の一件以来、クリスはイルミナに対してちっぽけな敵対心を抱いていた。
理由は色々とあるのだが、最も大きいのはミノーラへと当たりが強いことだろうか。
現に居心地が悪そうなミノーラへと目を向けたクリスは、イルミナに視線を戻し、一瞬にして後悔する。
怒りを抑え込もうとしているイルミナだったが、しかし、漏れ出る怒気をまき散らしながら、クリスを睨みつけてくる。
そんな彼女の様子を見て焦りを抱いたクリスに向かって、不意に背後から声が掛けられた。
「少年。そのような言葉を淑女に向けて放ってはいけない。君の言葉は、枯れてしまった花を見て醜いと言うようなものだ。それは全くもって正しくないし、つまらないではないか。種として生まれ、芽を出し、蕾となり、咲き誇った後に散り行く姿こそが美しく、そして素晴らしい。そう思わないだろうか?」
振り返ったクリスが見たのは、まるで演劇の登場人物かのように、人混みの中から語りながら姿を現した金髪の男。
知らない人物から、突然話しかけられたことで混乱したクリスは、他の皆の反応を見て、余計に混乱する。
「……あっ! マーカスさん! そうだ、忘れてました! ごめんなさい!」
突然頭を下げて謝罪を始めたタシェルの姿を見て、マーカスは苦笑しながら口を開く。
「構わないさ。今朝、約束の場所で待っても、誰も来なかったときは焦ったがね。無事に救出できたみたいで、安心した。ところで、オルタがあの姿になってると言うことは、昨晩何かあったと考えても良いのだろう?」
マーカスと約束でもしていたのか、タシェルとカリオス、そしてイルミナまでもが申し訳なさそうにしている。
一通り謝罪を終えた後、タシェルがマーカスの質問に応えた。
「……レイガスとトリーヌが襲撃してきました」
その応えを聞いたマーカスは、途端に真剣な表情を見せると、口を開く。
「詳しく聞かせていただこう。イルミナ、話が出来る場所を借りたいのだが」
「構いません。どちらにせよ、私も皆さんと話をしなければならないので」
そう告げるイルミナは、先程まで抱いていた怒りを忘れてしまったようで、クリスはホッと一息吐いたのだった。
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