第190話 無口

 思っていたよりもあっさりと勝ち上がってしまったオルタは、昼休憩のために闘技場の外へと出ていた。


 どうせなら、とサラを誘ってはみたものの、まだ気分が優れないとのことで、一人で街を歩いている。


「できればタシェル達と合流できれば良いんだけどなぁ……」


 などと呟いたその直後、オルタは自身を呼ぶ声を耳にした。


 人通りの多い街中を歩いていたオルタは、振り返りながら声の主を探す。


「オルタさん!」


 遠くの方を探していたオルタの足元に、いつの間にかミノーラが現れる。


 人波の足元をくぐり抜けて来たのか、それとも影の中を通って来たのだろうか。


 ご機嫌な様子のミノーラが、尻尾を振りながらオルタの脚にすり寄ってくる。


「勝ちましたね! さすがオルタさんです! これで、次の試合に勝てば、優勝ですよ!? そうすれば、タシェルに……」


「ちょっと待った! な? ミノーラ! それは言うな!」


 少し先の方からこちらへと歩いて来ているタシェル達を見ながら、オルタは胆を冷やす。


 そんなオルタの様子を見上げているミノーラは、どこか楽しんでいるようにも見えるが、気のせいだろうと彼は自分に言い聞かせた。


「ミノーラは流石だな、こんな人ごみの中から俺を見つけるんだからな」


「そりゃ目立ってますからね」


「それもそうか」


 大通りのど真ん中で会話を続ける二人は、通り過ぎて行く人々に奇異な目を向けられながらも、タシェルやクリス、そしてカリオスが来るのを待った。


「オルタの兄ちゃん! バリかっこよかったぜ! でっけぇ剣で肩を切られた時は、やべぇっち思ったけど、全然平気な顔しとーけん、ビビったばい」


「あれは結構痛かったぞ?」


 そう言いながら、オルタは左肩を摩って見せる。


 そんな少し興奮気味のクリスを宥めるように、タシェルが口を開いた。


「オルタさんは休憩時間が限られてるから、急いで何か食べよう! どこか良さげなお店は無いかな……」


「あそことかどうですか? すごくいいお肉のニオイが漂って来てますよ?」


「ミノーラはいっつも肉やな。たまには魚を食べんと? 魚はうめーぞ!」


「ほら、二人とも、あんまり先に行ったらまた迷子になるよ!」


 ズイズイと進んでいくミノーラとクリスをタシェルが追いかける。


 そんな三人の後ろ姿を見たオルタは、ふと、一緒に取り残されたカリオスに視線を移す。


 彼の表情を見たオルタは、昨晩のことを思いだした。


 宿に戻って、休息をとるために部屋へと戻ったオルタ達は、そのままベッドへと入り眠りについたのだ。


 疲労が溜まっていたこともあり、ぐっすりと眠りこけていたオルタだったが、夜中に一度、目を覚ましたのである。


 それは、特筆することもない、尿意による目覚めだったのだが、その時にオルタは目にしたのである。


 月明かりに照らされたカリオスの表情。


 眉間にしわを寄せ、目をギュッと閉じている彼の顔。


 そんなカリオスの左の目頭と右の目尻から、枕に向けて伸びている一筋の線を見て、オルタは言葉を失なったのだ。


 そして今、目の前にいる彼の表情は、その時のものにそっくりだった。


 タシェル達の姿を見て、カリオスは何を思ったのだろう。


 不意にそんなことを考えたオルタだったが、それを彼に問い質すことは出来なかった。


「カリオス、俺達も行こうぜ」


 そんなオルタの呼びかけを受け、いつもの調子に戻ったカリオスは、何を言うまでもなく頷いて見せる。


 少し先でタシェルがこちらに手を振っている。


 どうやら店は決まったようで、オルタ達が店の前へと辿り着くと、タシェルが不思議そうな顔で尋ねてきた。


「どうかした?」


「ん? あぁ……いや、何でもないぞ」


 カリオスが彼女の問いかけに全く反応しないことを確認したオルタは、短く返答する。


 カリオスという男は、何も話さない。


 そんな単純なことを、オルタは少し理解し始めていた。


『……トリーヌ……だったっけ?』


 カリオスに対して並々ならぬ殺意を抱いていたトアリンク族のことを思い出しながら、オルタは思う。


 以前聞いた話。


 カリオスとミノーラがボルン・テールに来る前にミスルトゥで起きたという悲劇。


 オルタの頭の中で、いびつな形をしたそれらの断片が、何か一つの形を作り出そうとしている。


 しかし、それらはあくまでも断片であり、欠片を縫い合わせることは、今のオルタには出来ないでいた。


 店の中に入ったオルタは、席に付きながらもそんなことを考えてしまう。


『俺が考えても何にもならねぇんだけどな……』


「オルタさん? どうかしました?」


 目の前に置かれたコップを黙って眺めていたオルタに、ミノーラが声を掛けてくる。


 そんな言葉を聞いたオルタは、思わずため息を吐いた。


「いや、何でもない」


「緊張してるんじゃない? 次が決勝なんだし」


 オルタの言葉を聞き、タシェルが言う。


 すると、クリスとミノーラがニヤけ、口々に言葉を並べ始める。


「そりゃ緊張するばい! 色々掛かっちょるもんね! 色々と!」


「そうでしたね、色々と掛かってるんでした!」


「お前らなぁ!」


 思わず声を張り上げたオルタは、カリオスがそっとメモを差し出してきたことに気が付き、それを受け取った。


「『本当に大丈夫か? 昨日の今日で疲れてるだろ? 無理はするなよ?』……」


 メモを読んだオルタは、思わず何かを言い出しそうになった。


 何を言おうとしたのかは自分でもよく分からない。


 もしかしたら、カリオスの代わりに声を上げたかっただけなのかもしれない。


 それでもオルタが言葉を噤んだのは、目の前で黙り込んでいるカリオスの考えを優先したからだった。


『黙ってるのには、何かしら理由があるはずだ』


 自身の中で納得したオルタは、満面の笑みを浮かべ、立ち上がり、声高に宣言する。


「ありがとな、皆。俺、皆に助けてもらいっぱなしだ。俺、もっと強くなるからよ、皆も俺の事、もっと頼ってくれていいんだぜ? まぁ、取り敢えず優勝して、頼れるってところ見せてやるからよ!」


 声高に叫んだオルタの声は、当然店中に響き渡った。


 その宣言を聞いてヤジを飛ばす者、煽って来る者、歓声を上げる者。


 様々な声が湧く中で、オルタは自身の中で闘志が滾るのを感じていたのだった。

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