第184話 変位

 しばらく馬車に揺られたミノーラ達は、特別居住区を素通りし、エーシュタルの軍本部にある詰所の一室に通された。


 その間、誰一人として話をしない。


 恐らく、皆疲れているのだろう。


 ミノーラは自身の体に圧し掛かってくる疲労感に苛まれながら、部屋の床に腰を下ろした。


 各々が部屋にあった椅子やベッドに腰かけながら、開け放たれた扉を眺めている。


 部屋の入口にイルミナが姿を現すまで、それほど時間はかからなかった。


 イルミナは廊下を忙しく駆ける門兵を見やりながら扉を閉める。


 そうして、閉じられた部屋の中に彼女の声が響いた。


「狭い部屋で申し訳ありません。今は武闘会の最中で、きちんとした部屋の確保が出来ませんでした。あとでもう一人来ますので、それまでは簡単な確認だけ行ないたいと思います」


 そう告げたイルミナは、思い出したように、鋭い視線をミノーラ達に投げる。


「皆さんは、どんな目的でこの街を訪れたのですか?」


 その問いを聞いたカリオスとタシェルが顔を見合わせている。


 恐らく、イルミナに事情を説明するか悩んでいるのだろう。


 しかし、こうなってしまえば話さないわけにはいかないと判断したのか、タシェルが口を開いた。


「私達、人を探していて。手がかりを探しに来たんです」


「そうですか」


 小さく呟いたイルミナは、不意にオルタへと視線を移す。


「オルタさんが言っていた、やらなくちゃいけないことっていうのは、人探しのことですか?」


 確認するようなその発言を聞いたオルタは、反射的に頷く。


 するとイルミナは言葉を続けた。


「人探し……たしかに、エーシュタルには大勢の人間が集まるので、不思議な話ではないですね。これは余計な詮索かもしれませんが、なぜ皆さんはその人物を探しているのですか? そして、皆さんの関係は? 一見して、あなた方が何か目的を共通する仲間のようには見えないのですが」


 そう言われたミノーラは、改めて皆の姿を見渡してみる。


 口元に変な金具を付けている、話せない男性が一人。


 精霊協会の制服を着た、華奢な女性が一人。


 屈強な体格の、ウルハ族の男性が一人。


 一際若い少年が一人。


 そして、狼一匹。


 言われてみると、確かに不思議な組み合わせだ。


 ミノーラが改めてそんなことを考えた時、イルミナが小さく呟いた。


「ましてや、まだ若いクリス君を連れて行くのは、非常に危険だと思いますが」


 彼女のその言葉を聞いて、真っ先に反応を示したのはクリスだった。


「俺の妹が攫われたんや! 助けに行くに決まっとろうもん!」


 イルミナの言葉に突然怒りを爆発させたクリスの言葉は、部屋の空気を凍らせた。


 ある意味場の空気を凍らせてしまったイルミナは、どこか納得した顔でミノーラ達の様子を見渡している。


「クリス君。落ち着いて」


 タシェルがクリスをなだめ始めたのを見て、ミノーラはイルミナに声を掛けた。


「いろいろ事情があるんですけど、クリス君の妹のクラリスちゃんが連れ去られたのは本当です。私たちは、クラリスちゃんを助けることが出来ませんでした。だから、連れ去った奴らのことを調べて、見つけ出して、助け出すんです!」


「……助けるために、また皆殺しにするんですか?」


 予想だにしないカウンターを食らったミノーラは、思わず唸り声をあげてしまう。


 あからさまに警戒を顕わにしたイルミナの姿を見て我に返った彼女は、頭を下げる。


「ごめんなさい」


「イルミナさん。少し良いですか?」


 謝罪するミノーラの隣に立ったタシェルが、少し強めの語気で言い放った。


「私もあそこで見た事には少し思うところがありますし、イルミナさんの言いたいことも、少しは分かります。でも、イルミナさんの言い方は、少し乱暴だと思います。」


 タシェルの言葉を聞いたイルミナが、何かを言い返そうとしたその時、部屋の扉が勢いよく開かれた。


 そうして、重たい足音を響かせながら、一人のウルハ族が入ってくる。


「こりゃぁ狭いなぁ。イルミナ、この部屋しかなかったのか? これだったら外の方が何倍もマシだぜ」


 オルタより一回り大きな体躯のその男は、首のストレッチをしながらミノーラ達を一瞥すると、満面の笑みを浮かべた。


「よう。俺がノルディスだ。よろしくな。で? おめぇが変位したって若造か?」


 ノルディスと言う名前を聞いたミノーラは、どこかで聞いたことがある名前だと記憶を弄った。


 そんなミノーラよりも先に思い出したのか、クリスが少し興奮気味に声を上げる。


「ノルディス長官!?」


 突然の乱入者が有名人であることへの驚きと、ノルディスから漂う雰囲気で部屋の空気が心なしか荒れている気がした。


 当のノルディス本人は、笑みを崩すことなく視線をクリスに向け、返事をしている。


「おう、俺がノルディスだ。坊主、良く知ってるなぁ……なんだ? おめぇ、まさか泣いてんのか? さては、イルミナ、おめぇ、また泣かせただろ?」


「いえ、私はそのようなつもりは無かったのですが」


「泣かせてんじゃねぇか! おいおい、なに子供に向かって意地張ってんだ」


「子供とか大人とか、そう言う話はこの際関係ありません」


「そりゃそうだ! 子供も大人も! みんな楽しく生きなくちゃなぁ! 泣かせるなんてのは、言語道断だぜ?」


「はぁ……」


 頭を抱えてため息を吐くイルミナの様子を見て、ミノーラが肩を透かされたような感覚を抱いた時。


 ノルディスが気を取り直したように言ったのだった。


「で、オルタだったか? おめぇ、変位出来るんだろ? どうだ? 俺の下で働かねぇか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る