第182話 監視
何食わぬ顔で怪我人の様子を見て回るミノーラの様子を眺めたタシェルは、視界の端に映ったオルタに気が付き、ゆっくりと歩み寄る。
「オルタさん。大丈夫?」
地面に腰を下ろして遠い空を眺めているオルタに向かって、タシェルは問いかけた。
「……あぁ」
短く返事をしたオルタは隣に横たわっているカリオスに目を向け、浅いため息を吐いた。
釣られてカリオスへと目を向けたタシェルは、そのまま視線を自身の足元に落とす。
そうして、引きずられるようにオルタの隣に座りこんだのだった。
膝を抱え、重たくなった額を手首に乗せる。
これからどうなるのだろうか。
ザーランドの場所が大体分かって、目指すべき道が示された。
半日前はそんな風に考えていた。
実際は一つ壁を乗り越えた先に、幾つかの大きな壁が現れただけだ。
「……どう、した?」
座りこんで頭を埋めている様子に気が付いたのか、オルタが心配そうに声を掛けてくる。
その優しさを待っていたかのように、タシェルは言葉を吐き出した。
「……私達、本当にクラリスちゃんを助けられるのかな……って、思っちゃって」
ボソボソと呟いた彼女の言葉を、オルタが聞き取れたのかは分からない。
しかし、その言葉を言い直すつもりは彼女には無かった。
溢すつもりのないものが溢れてしまっただけ。
そんな彼女の心情を察したのか、二人の間に沈黙が流れる。
沈黙は、その場の全員に浸透していき、気が付けば風が平原を走る柔らかな音だけが、彼女の心を掻き乱してゆく。
無心で遠くの山を眺めて居た彼女の耳が、一つの物音を聞き取った。
小さく呼吸を行なっていたカリオスが、身じろぎをし、上半身を起こしたのだ。
「カリオスさん! 目が覚めたんですね!」
頭を抑えながら周囲を見渡すカリオスに声を掛けたタシェルは、立ち上がり、彼の傍へと寄り添う。
身体の痛みなどを聞き取り、特に問題は無さそうだと判断した彼女は、すぐに安堵の溜め息を吐く。
「もう、大変だったんですよ? 突然あらわれたトリーヌに吹き飛ばされて、気を失っちゃうから……」
脱力したタシェルは、半ば愚痴を告げるようにカリオスに語り掛けると、それを聞いたカリオスがものすごい勢いで立ち上がり、周囲を見渡し始めた。
あまりの剣幕に驚いたタシェルは、カリオスが少し落ち着くまで様子を見て話しかける。
「どうかしたんですか?」
落ち着きを取り戻したカリオスは、いつものようにメモに何かを書き込むと手渡してくる。
「『ここにトリーヌが来たのか? 今どこにいる? 目的は何だ?』……ちょっと落ち着いてください。えっと、トリーヌと言うトアリンク族がさっきまでここにいました。今はもう逃げられちゃいましたけど。目的は……その……カリオスさんでした」
「……いのち……ねらってた……ぞ」
二人の会話に割り込むように、オルタが口を開く。
それらの言葉を聞いたカリオスは、一瞬何かを考え始めようと頭を抱えた後に、オルタの姿を凝視する。
そうして、再びメモを差し出してくる。
「『オルタ、お前、何があった?』……カリオスさん、多分誰も事情は分かってないです……」
「カリオスさん! 起きたんですね! 大丈夫ですか?」
話しをしながらミノーラが歩いて来ていることに気が付いたタシェルは、思わず口を噤んでしまった。
殆ど無意識と言っても良い反応に、自ら困惑しながら、ミノーラと彼女の背中に跨るクリスの様子を見る。
「カリオス! ミノーラと俺の二人で、悪い奴らを懲らしめたんばい! まぁ、殆どミノーラがやったけど、俺も捕まってた人を助けるのを手伝ったけん! すごかろ!? まぁ、オルタの兄ちゃんに比べれば、すごい事じゃないばってん」
妙にテンションの高いクリスが、ミノーラの背中で騒ぎながらオルタの様子を見ている。
そんな彼の言葉を聞いているミノーラも、まんざらでもない様子を見せた後、オルタの様子を興味深そうに見始める。
状況を理解できていないカリオスがタシェルへと説明を求める視線を向けて来た時、エーシュタル方面から馬の駆ける音が聞こえてきた。
近付きつつある松明の灯りを目にしたタシェルは、後で話すと短く告げると、腰を上げた。
複数人の兵士と三台の馬車を引き連れて戻ったイルミナは、馬から降りるとこちらへと歩み寄ってくる。
「カリオスさん、目が覚めたのですね。ご無事で何よりです。さぁ、いつまでもこんなところで話しをするわけにはいきませんので、まずは街に戻りましょう。先に怪我人の方を優先しても良いでしょうか?」
丁寧に告げたイルミナの言葉に反対する者など居るわけもなく、誰が返事をするでもなく、兵士が馬車への誘導を始める。
その様子を見たタシェルも手伝いに向かおうとした時、イルミナが彼女を制止した。
「タシェルさん。少しお待ちいただいても良いでしょうか?怪我人の馬車が発車した後に、皆さんとお話がしたいので」
そう告げる彼女の顔は、穏やかな笑顔に包まれている。
しかし、だからこそタシェルは得体の知れない気味の悪さを覚えた。
イルミナの言葉はタシェル達一行に向けられている言葉のようで、カリオスやオルタ、クリス、そしてミノーラまでもが言葉を噤んだ。
恐らく、タシェルが感じたものに似たものを、皆が感じたのだろう。
かといって、拒否をするのは得策ではないと考えたタシェルは、取り敢えず頷いて従うことにする。
「ありがとうございます。それほど長い話にはなりませんので、ご安心を」
そう言ったイルミナは兵士たちの手伝いに向かうでもなく、タシェル達の傍に立ち続けた。
まるで、監視でも行っているように。
しばらくして三台の馬車の内、二台が発車する。
二台の馬車を見送ったイルミナは、おもむろに残った馬車へと歩み寄ると、その荷台に無造作に置かれていた小さな檻を手にした。
そのままこちらへと歩いて来たイルミナは、ゆっくりと檻を自身の足元に置くと、扉を開け放ち、告げる。
「ミノーラさん。この中に入ってください」
「……え?」
思わず声を漏らしたのは、言うまでも無くミノーラ本人だった。
状況を理解できていない様子のミノーラを見やったイルミナが、追い打ちをかけるように付け加える。
「申し訳ありませんが、あなたを自由の身のままに街の中へと入れることは出来ません。この檻の中に自主的に入って頂けるのであれば、認めます。もし、街の中で許可なく檻から出た場合、私はあなたを拘束しなければなりません」
「……」
「なんでそんなことになるん!? ミノーラが何をしたん!?」
黙り込むミノーラと、怒りを顕わにするクリス。
そんな二人を見たタシェルは、大きなため息を吐きそうになるのを、全力で堪えたのだった。
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