第180話 再会

 岩の下に隠されていた扉を開け、梯子を降りたタシェル達は、南北に伸びている暗い通路を見て、息を呑んだ。


 粗削りではあるが、人の手で掘られたと思われるその道は、松明の灯りでは照らせないほど奥深くまで続いている。


 まるで暗闇の奥に引きずり込まれそうになる感覚を覚えたタシェルは、鼓動が激しくなっていることを自覚し、深呼吸した。


「行きましょう。オルタさんはカリオスさんとここで待っていてもらえますでしょうか? 出口の確保と、背後からの強襲を防ぎたいので」


 イルミナの言葉を聞いたオルタは、肩に担いでいたカリオスを地面に寝かせながら頷き、自身も座り込んだ。


 タシェルはオルタの傍に近寄ると、腰のポーチから薬草を取り出して、松明と一緒に手渡す。


「オルタさん、この薬草の汁には消毒作用があるので、傷口周辺に塗っておいてください。できればカリオスさんにもお願いします」


「……わ……かった」


 軽く頷きながら短く返事をした彼は、ゆっくりと呼吸をしながら項垂れる。


 かなり消耗しているその姿を見て、今すぐにでも治療を始めたいと感じたタシェルだったが、イルミナの言葉で我に返る。


「早くミノーラさん達を見つけて、すぐにここに戻りましょう。今はそうするのが一番です」


「……はい。急ぎましょう」


 今一度項垂れているオルタとカリオスの様子を伺ったタシェルは、小さく頷きながらイルミナの横に並び立つ。


 一本の松明で照らされる暗闇が、二人を待ち構えている。


 際限を知らない暗闇に幾ばくかの不安を抱いていたタシェルは、隣に立つイルミナの凛々しい姿を見て、どこか勇気が湧いた気がした。


 そんな彼女の心境を知ってか知らずか、イルミナは歩き始める。


 送れないように足早で続いたタシェルは、思い出したようにシルフィに声を掛けた。


「シルフィ、この先で合ってるよね?」


 特に確認することなく南に進み始めていたことに気が付いたタシェルは、念のため確認した。


「うん! そう! この先にミノーラが居るよ!」


「分かった。無事……だよね?」


「うーん……まぁ、無事。怪我は無かった!」


 シルフィの返事に少しの疑問を抱いたタシェルだったが、今はとにかく合流することが先決だと考え、深く考えることはしなかった。


 延々と続く暗い道を歩き続けて、どれくらいの時間が経っただろう、何の気なしに一歩進んだ時、彼女は鼻腔を刺激する臭いに気が付いた。


「う……」


 それはイルミナも同じだったようで、二人は同時に短く声を上げると、立ち止まる。


 そうしてお互いに顔を見合せ、この先に待ち受けている嫌な予感を共有する。


「血の臭い……ですよね」


「そうですね」


 タシェルの問いに短く答えたイルミナは、怯えるでもなく、より警戒した構えで前に進み始める。


 その後ろを着いて行くタシェルは、目の前でイルミナが何かを避けて歩いたことに気が付き、足元へと視線を落としてしまった。


 初めに見えたのは、倒れている人影。


 暗闇の中で倒れているその塊に一瞬驚きを抱いた彼女だったが、次の瞬間には驚きが吐き気へと変貌する。


 喉元を喰いちぎられ、もがき苦しんだ途中で息絶えた様子の遺体。


 広がっている血だまりで濡れている遺体は、松明の灯りを怪し気に照り返している。


 こみ上げてくる嘔吐感を抑え込んだタシェルだったが、鼻から入り込んでくる不快感が、さらに強く吐き気を催してくる。


 なるべく浅い呼吸と高い視線を心がけたタシェルは、少しばかり周囲の空気が軽くなったことを感じた。


 そんな時、イルミナが立ち止まり、周囲の様子を伺い始める。


 何かあったのかと思い、イルミナの横から前方を覗き込んだ。


 今まで通って来た通路より、少しばかり広い空間が広がっている。そんな空間の左右の壁には、手作りと思われる檻があった。


 しかし、その檻はそれなりに頑丈そうだ。


「ここに掴まっていたみたいですね」


 そんなことを言うイルミナの視線を追ったタシェルは、すぐに後悔することになる。


 左手にある檻の中、大量に折り重なっている遺体が、そこにはあった。


 薄暗いので鮮明には分からないが、先ほどと同じように首を喰いちぎられているように見える。


 ここまで見てしまえば、なんとなく何が起きたのか、タシェルには想像できた。


 しかし、それを確信にするため、遺体を調べるようなことは出来そうにない。


 なるべく遺体の山を見ないようにしたタシェルは、シルフィに問いかける。


「それで、シルフィ、ミノーラはどこ?」


 タシェルがそう告げた時、暗闇の奥から声が響いてきた。


「タシェルですか!?」


 聞き覚えのあるその声を聞いたタシェルは、喜びと安堵のあまり、声を上げる。


「ミノーラ! 無事なの? 姿を見せて!」


 その声に応えるためか、奥の方から駆けて来る足音が響いてくる。よく聞けば、ミノーラの足音だけではない。


 タシェルがそんなことに気が付いた時、薄闇の中にミノーラが現れた。


 相変わらず背中にクリスを乗せているその姿は、いつも通りの彼女だ。


「ミノーラ!」


 思わず駆け出そうとしたタシェルは、目の前に差し出された腕に制止される。


「イルミナさん?」


 制止した当人であるイルミナに問いかけたタシェルは、彼女の表情が非常に鋭く冷淡に見て取れた。


 そんなイルミナが、目の前に現れたミノーラに対して告げる。


「あなたがミノーラですね。私はイルミナと言います。せっかくの再会を邪魔して申し訳ないのですが、一つ確認をさせてください」


 そうして、イルミナは檻の中で折り重なっている遺体の山を見ながら、問いかけた。


「……あれは、あなたがしたのですか?」


 その問い掛けを受けたミノーラは、不思議そうにイルミナと死体の山を見比べた後、簡潔に答えた。


「そうですよ。すごく悪い人達だったので」

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