第163話 開試

 門に背中を預けた状態で座り込んだオルタは、時折響く轟音と歓声を全身で感じ取りながらサラの様子を眺めた。


 激しい戦闘が起こるたびに、観客席から無数の怒号と歓声が飛び交い、場内を賑わせている。


 かなり長い時間この騒ぎを聞いたオルタは、その騒がしさに慣れつつあった。


 勿論それはサラも同じのようで、オルタから少し離れた位置に座り込み、何やら袋の中を漁り始めている。


「なぁ、その中には何が入ってんだ?」


「ん?私はアンタと違って入念に準備してきたからな。まぁ、教えないが。」


「まぁ、そうだよな。」


 流石のオルタも、サラが全てを快く話してくれるとは考えていなかった。


 確かに、ノルディス長官を倒すためにペアがどちらも欠けることなく勝ち上がるのは必要条件だろう。


 仮に、そのままノルディス長官に勝利することが出来たら?


 そこまで考えれば、オルタでもその次の展開を読むことが出来た。


 当然、勝ち残った二人で勝敗を決することになるのだろう。それはつまり、ペアとはいえ、根本的には敵同士なのだ。


「まぁ、そこまで行けるかが問題なんだけどなぁ。」


「なんだ、自信が無いのか?」


 ボソッと呟いたつもりの言葉を拾われ、不意を突かれたオルタは、肩をすくめて返事をする。


 防具も武器もない、この身一つで試合に挑もうというのだ、自信に満ち溢れているわけがない。


「なぁ、俺たちの試合はまだなのか?そろそろ昼も近いよな。」


 特にすることも無く、暇を持て余しているオルタは、再びサラに話しかける。


 しかし、彼女は黙々と何かの作業を行っており、もはや返事をする気が無いように見えた。


 そんな彼女から視線をそらし、周囲を見渡したオルタは、何者かがこちらに歩いて来ていることに気が付く。


「誰か来たぞ?」


 その女性はどうやら、武闘会の運営側の人間のようで、袋を一つ持っている。


 流石のサラも手を止めて、その女性に注目しているようだ。


 一定のテンポで歩いているその女性は、軽く会釈をしながら二人の前に到着すると、門を見上げた。


「4番のサラ様、同じくオルタ様ですね。」


 事務的に告げられた言葉に、二人は頷いて同意する。


 それを見て取った女性は、袋から何やら木製の札を取り出し、手渡してきた。


「今から試合のルール説明を行います。質問は最後に受け付けますので、ご了承ください。お二人がそちらの門をくぐられた瞬間より、試合開始となります。勝利条件は他のペアの排除です。意識を奪う、拘束する、降参させる。これらの方法により相手から札を奪ってください。それが排除の証になります。ただし、殺害またはそれに至るであろう攻撃をした場合、そして、札を盗む行為はその場で失格となりますのでご注意ください。」


 淡々と告げた女性は、そこで一泊置くと、続きを話し始めた。


「会場の中心に係の者がいますので、その者に奪った札を渡してください。ただし、試合の制限時間以内に札が全て集まらなかった場合は、昼の部の勝者は無しとなりますので、くれぐれも遅れることの無いようにお願いします。」


 女性が再び言葉を止めた。その隙に、オルタは頭の整理を行う。


 つまりは、試合終了時点で1から6の札が2枚ずつ係の手元に無い場合は、誰も勝ち上がることが出来ないということになる。


 札を集めた数が得点になる訳では無いが、隠れすぎるのもリスクになる。と言うことなのだろう。


 一応説明を理解できたオルタは、一つ頷く。


 そんな彼の様子を見たのか、女性は説明を続けた。


「会場内は精霊による監視が行われています。違反があり次第拘束させて頂くことになりますので、ご注意を。それでは、何か質問はありますでしょうか?」


 長かった説明がようやく終わったようで、女性が問いかけてくる。そんな問い掛けに、オルタは首を横に振った。


 サラはと言うと、少し考え込んだ後に女性に対して質問を告げた。


「一つ良いか?精霊による監視で不正行為を見抜けなかった場合、どうなる?」


「ご心配はいりません、お一人を監視する精霊は一体ではありませんので、また、試合が進むにつれて、監視が厳しくなっていきます。」


「そうか。分かった。」


「他にありますでしょうか?無いようですので、私は下がらせていただきます。もう少々こちらでお待ちください。」


 それだけ告げると、女性は来た道を引き返していった。


 現れた時と同じように、一定のリズムで歩いて行く女性を見送ったオルタは、思いだしたように札を見つめる。


 何の変哲もない、ただの札だ。


 数字の4が描かれているだけで、他には何の特徴も無い。


 その札をズボンのポケットに押し込むと、先ほどと同じように座り込む。


 サラも途中で止めていた作業を再開している。


 どれほど待っただろう。オルタの意識がぼんやりとまどろみ始めていた時、門の向こうで強い衝撃が響き渡った。


 突然の事に驚いたオルタは、思わず立ち上がり窓から様子を伺う。


 会場の中心辺りに舞い上がっている砂埃を見るに、激しい戦闘が行われたのは間違いなさそうだ。


「どうなったんだ?」


 何とか様子を伺おうと角度を変えて覗き込むが、詳細は分からない。


 分からないままに、結果を知らされてしまうことになる。


「ビーーーーーーーッ!!ここで、勝者が決定しました!チャー・ルー、サルバス、ペアの勝利です。見事な戦いでした!」


 会場に響き渡るその声を聞いたオルタは、いよいよ自分の番が近付いて来るという緊張と、試合の様子をもっと見たかったという憤りを覚える。


「くそ、どんな奴が勝ったんだ?少しくらい見えねぇかな。」


「意図的に見えないようにしてるんじゃないか?ここでは実況もあまり聞こえなかったし。敵の詳細な情報を直前まで報せるつもりは無いのかもしれない。名前だけ知らされるのは、お情けってところかな?」


 オルタと同じように窓を覗いていたサラは、そう呟くと、荷物をまとめ始めた。


 先程までと違うのは、全てを袋に入れている訳では無いところだろう。


 背中に矢筒とナイフを装備し、手には弓を握っている。腰には小さめの袋が幾つかぶら下げられており、空になった袋は腹に巻き付けられている。


「そんなに大量に入ってたのかよ。」


「なに?服とかアクセサリーとかが入ってるとでも思ってたワケ?」


「いいや、それは考えもしなかった。」


「……喧嘩売ってんの?」


 そんなやり取りを交わした直後、二人の目の前で門が音を立てた。


 ゆっくりと持ち上がり始める門を眺めていると、サラが告げる。


「行くよ。」


 身を低くしながら走り出したサラの後を、同じように追う。


 この時のオルタは、昂る心と震える腕を抑えることが出来なかった。


 背後で門が落ち、会場全体に衝撃が走る。


 そんな音を皮切りに、試合が始まったのだった。

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