第162話 狩人

 受付の男は他に質問などが無いことを見て取ると、扉へと向かい、もうしばらくこの部屋で待機するように言い残して、部屋を出ていった。


 それを機に、部屋中に会話が溢れかえる。


 とは言っても、皆が聞こえる程の大声で話している者はいない。ペアの相方に聞こえる程度の小声が飛び交っている状態だ。


 そんな例に漏れることなく、オルタは座り込んでいるサラに向かって話しかけた。


「俺、オルタってんだ。よろしくな。」


「……ああ。よろしく。私はサラだ。ところでオルタ……まさかとは思うが、装備は持っていないのか?」


 酷く冷静なサラは、鋭い目つきでオルタの全身を見て取ると、躊躇することなく指摘を入れた。


 彼女の指摘が自身の心に深く突き刺さる。


「あぁ、実は俺、この街に来たの初めてでよぉ、着の身着のまま受付しちまってな。」


「……はぁ。」


 オルタの返答を聞いたサラは、軽く目を閉じると、深いため息を溢した。


 当然の反応だろう。相方の存在が重要な今回の試合で、準備不足な男とペアになってしまったのだから、落胆するのは仕方がない。


「なんか、すまん。」


「オルタ、先に言っておくが、死ぬぞ?」


「へ?殺しはルール違反だろう?」


 オルタの返事を聞いたサラは、一瞬呆けた顔をすると、肩を落としながら先程よりも深いため息を吐いた。


「どこの世界に、言われた言葉を額面通りに受け取るバカが居るんだ。確かに、試合中に息の根を止めるような行為をすることは禁止されている。逆に言えば、息の根を止めなければ、試合が中断することは無い。例え、四肢の骨を全ておられても、生きていれば、それで問題ない。まぁ、フェアプレイじゃないと憤るやつもいるだろうが。」


「それは……。」


 サラの言葉を聞いたオルタは、先ほどキルデンが告げていた言葉を思い出していた。


 半殺しにする。まさにそれが、彼女の言っているような事を指しているのかもしれない。


「てっきり、痛い目に合わせるって意味かと思ってたぜ。忠告ありがとうな、サラ。」


「私はとんだ馬鹿と組むことになったみたいだな……。まぁ良い。どちらにしろ、一人で勝てなきゃ意味ないんだ。」


 そう呟いたサラは傍らに置いていた荷物を手に持つと、腰を上げ、立ち上がった。


「どこかに行くのか?」


「そろそろ案内の男が戻って来る。」


 なぜそれが分かるのか。とオルタが尋ねようとした時、サラの宣言通りに部屋の扉が開いた。


「それでは皆さん、私に着いて来てください。」


 ついさっき説明をしていた男が部屋の入口でそう告げると、他の出場者がゾロゾロと部屋を出ていく。


 その流れに乗るように部屋を出たオルタは、通路の奥へと進み、突き当りにあった階段を降りた。


 観客席の真下になるのだろうか、薄暗くて広い通路が、延々と続いている。


 その通路には沢山の柱があるだけでなく、大きな門のような扉と、闘技場の舞台が見えるような窓が幾つかあった。


 窓はガラスがはめ込まれている訳では無く、壁に穴をあけて作られている。


 大きな門にはデカデカと数字が記されている。ちなみに、階段を降りてすぐの場所にあった門には、『1』と描かれている。


「でけぇ……。」


 オルタの背丈の二倍はありそうな大きさの強固な門を見上げていると、案内の男が声を上げる。


「皆さま、ご自身の番号の描かれている門まで歩いてください。数字は右回りに大きくなっていきますので。こちらからお願いします。」


 誘導に従って歩き出したオルタは、少し先を歩くサラを、見つけた。


 黙々と歩き続けている彼女の背中を見ながら歩いていると、視線の端に大きな門が映り込む。


 いつの間にか『2』と『3』の門を通り過ぎていたようで、その門はオルタの探していた門だった。


「着いたな。ここで待機するのか?まだ昼にはなってないみたいだしな。」


 門の前に到着したオルタは、荷物を置いて座り込んでいるサラの隣に行き、窓から試合の様子を伺った。


 しかし、オルタの居る場所の近くで戦っている者はいないようで、少し離れた位置に数人の影が見えるだけだった。


「なぁ、サラ。武闘会は毎年見に来てるのか?俺は初めてなんだが、こんなに静かなもんなのか?」


「……。」


 腕組みをした状態で眼を閉じているサラは、オルタの質問に答えなかった。


「また寝てるのか?」


 先程のことを思い出しながらオルタがそう呟くと、何を思ったのか、サラは鋭い視線を飛ばしてくる。


「な、なんだよ。」


「寝ていない。試合の様子を聞いていただけだ。そもそも、お前が喋りすぎなんだ。もう少し落ち着けないのか?」


「寝ていないって、さっきは寝ぼけた顔してたじゃねぇか。あれを見た後にもう一度同じ様子を見たら、誰だって寝てるって思うぜ?」


「あ、あれは!仕方がないだろ?疲労が溜まっていたんだ。」


 思わず言い返してしまったオルタは、その後のサラの反応が思っていた以上に弱々しい事に驚き、なんとなくだが、親近感を抱いた。


 もしかしたら、彼女も緊張しているのかもしれない。


「ま、まぁ、そうだよな。ところで、試合を聞いてるってどういう事だ?」


 話しを変えるために、今しがた疑問を抱いたことについて聞いてみる。


 オルタの意図を察してくれたのか、サラは一つため息を吐くと、立ち上がった。


「お前はここから様子が見えるのか?」


「いや、良く分からねぇ。」


「だろうな。」


 先程オルタが見ていたように窓を覗き込んだサラは、しばらく黙り込んだ。


 オルタはそんな彼女の隣に立って、同じように窓を覗き込んでみる。


 相変わらず、静かな平原だけが見えており、特に戦闘が行われている様子は伺えなかった。


「なぁ……。」


 オルタがしびれを切らしてサラに話しかけようとした時、サラが身振りで静かにするように促す。


「もうじき、動き出す。初めに動くのは……二人か。その後に、襲われた方が鈍器を振り回すだろう。派手な音がするかもな。」


「そんなこと……。」


 なんで分かる?


 と聞こうとした刹那、ドンッという鈍い音が響き渡り、一本の木が倒れていく様子が奥の方に見えた。


 同時に、観客席が湧き、歓声が上がっている。


 賑やかな声を聞きながら、オルタは信じられないものを見るように、サラに目をやる。


 そんなオルタの様子を見たサラは、少しばかり得意げな顔をしながら、被っていたフードを取った。


「私は猫人族だから、音をよく聞き取れるんだ。」


 露わになった茶髪は、フワフワと波打っており、その波の間から、三角の耳が顔を覗かせている。


 ピクピクと動くその耳の様子を見ながら、オルタは一つ、納得したのだった。


「ああ、それで眠そうな顔してんだなぁ。」


「張り倒すよ?」


 彼女の目が一瞬で獲物を狙う狩人のようになり変わったのを見て、オルタは肝を冷やしたのだった。

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