第158話 気付

 事情を話すことが出来ないとノーレッジに伝えると、彼は目に見えて落ち込んでしまった。


 悪い事をしたとは思うが、間違いでは無いのだと思いたい。


 そのまま図書館を出ていこうとしたタシェル達は、ノーレッジに呼び止められた。


「文献は読まないのかね?」


「え?でも。」


 彼の掲げた条件を満たさずに読むのは忍びない。そう答えようとしたタシェルに対して、ノーレッジは大きく否定した。


「そもそも私には、君たちの要望を妨げる権限なんかないんだよ。ここは知識を得ようとする者の楽園なんだからね。存分に見ていきなさい。」


 そう言ったノーレッジは、そのまま本棚の影に姿を消していった。


 哀愁漂う彼の背中に軽く会釈をしたタシェルは、気を取り直してカリオス達の方へと向き直る。


「それじゃあ、せっかくだからお言葉に甘えようか。私は手紙を書くから、カリオスさん達は参考になりそうな本を探しててもらえる?」


「分かりました!」


 カリオスの代わりに返事をしたミノーラが、そろりそろりと奥の方へと歩き始めた。


 そんな彼女の後を、クリスが速足で着いて行く。


 自然と取り残されたカリオスは、小さく肩を落としながらミノーラの後を追いかけていった。


「よし、私も早く手紙を書いて、手伝わなきゃね。」


 小さく呟いた言葉に背中を押されるように近くのテーブルへと向かったタシェルは、椅子に腰かけ、便箋を取り出す。


 隣のテーブルに広げられたままの地図に視線が奪われそうになるが、深呼吸をすることで雑念を振り払った。


 一つ目の便箋は、ボルン・テールのハリス会長宛てだ。


「何を伝えるべきかな。取り敢えずは、エーシュタルに到着していることと、マリルタで知った事かな。」


 手紙を書きながらサムやキュームの事、そして、タンラムと言う国のことを考えていたタシェルは、ふと気づく。


「サム達が生きてたのは、五百年以上も前ってこと……になるんだよね。それに、サムの手帳の中に出てきた遺跡って……何だったのかな。」


 さきほどノーレッジに教わった事実を思い返しながら呟く。


 にわかには信じがたい話だが、真実は今、カリオス達が調べてくれているはずだ。


 今は余計な事を考えずに手紙を書くことに専念した彼女は、ペンを置き、改めて読み返してみる。


 カリオスとオルタがクロムの刺客に襲撃されたこと、その襲撃犯によって、一人の少女が連れ去られてしまったこと。


 そして、その少女を救うために力を貸してほしいと言う我儘。


 出来れば書きたくないことではあるが、書かないわけにはいかない。


 少しでも、助けることが出来る可能性が上がるのなら、背に腹は代えられないのだ。


「出来ること、全部やらなくちゃ。」


 内容を精査した彼女は、一つ目の便箋を封筒に入れ、封をした。


 そして、すぐさま次の便箋に取り掛かる。


「誰宛てにすれば良いのかな。ハイドさんで良いよね。」


 そんなことを呟きながら、便箋に近況をかき込んでいく。


 エーシュタルに向かう途中、クリスが追いかけてきたこと。彼の願いを聞き入れ、一緒にクラリスを探すこと。取り敢えず無事にエーシュタルに辿り着いたこと。


 そして、勝手に判断したことの謝罪。


 まだまだ子供の域を出ていないクリスが、クラリスを助けることなど、到底無理だろう。


 タシェル達ですら、必ず助け出せるという保証はどこにもないのだ。


 焦る気持ちも分かる。猛る気持ちも分かる。ただ、そんな気持ちに押し流されていては、目が曇る。


「ちゃんと見守ってあげないとだね。」


 ペンを置き、二枚目の便箋を手に取った彼女は、もう一度読み直す。誤字脱字や読み辛い箇所が無いことを確認し、そのままもう一つの封筒に入れた。


「これで良し。さてと、手紙は終わりっと。」


 手早く一式を片付けたタシェルは、先ほどミノーラ達が歩いて行った方へと向かった。


 本棚の合間を覗き込みながら進むと、ミノーラとクリスが何やら大きな本を床に広げて読みふけっている。


「ちょっと、床で読んだらダメじゃない?ほら、さっきのテーブルで読もう?」


「いいやんちょっとくらい。せからしかぁ!」


「?」


 クリスの言う言葉の意味をタシェルが計りかねていると、彼は本をたたみ、テーブルの方へと向かって歩いて行った。


「あ、クリス君!待ってください。私も続きが気になります。」


 ミノーラも楽しそうに尻尾を振りながらクリスの後を追いかけていった。


「せからしかって、何?」


 考えても分からなかったタシェルは、仕方がないと肩をすくめ、カリオスを探し始める。


 かなり奥の方まで歩いて来たものの、カリオスの姿がどこにも見えない。


「どこにいるの?もう。」


 諦めと苛立ちを覚え始めたタシェルは、ため息を吐きながら天井を仰ぐ。


 すると、目の端にカリオスの後ろ姿が映り込んだ。


「二階……あったんだ。」


 図書館の一番奥、壁沿いに設置されている階段が二階へと伸びている。


 そんな階段を上ったタシェルは、必死に何かを読み耽っているカリオスに声を掛けた。


「カリオスさん。何か見つけましたか?」


 そんなタシェルの声を聞いたのか、はたまた、今までずっと息を止めていたのか、カリオスは肩をピクリと動かしたかと思うと、持っていた本をパタリと閉じてしまう。


「どうかしました?」


 そんな彼女の問いに、彼はゆっくりと首を横に振るだけで、何も反応を示そうとしない。


 なにか様子が変だ。


 そう直感したタシェルがカリオスに問いかけようとした時、彼女の耳が何やら大きな歓声を耳にする。


 どうやら歓声は、図書館の外から聞こえてくるようだ。


「あれ?今何時だっけ!?」


 今の今まで考えていたことが全て頭から吹き飛んでしまう。


 カリオスを連れて階段を降りた彼女は、まっすぐに図書館の入口を目指したのだった。

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