第157話 地図
「マナリウムですか?私は聞いたことないです。みんなはどう?聞いたことある?」
タシェルは今しがたノーレッジが口にした言葉を頭の中で反芻しながら、カリオス達に問いかけた。
しかし、誰も知らないようで、首を横に振るばかりである。
そんな彼女たちの様子を見て、ノーレッジは少しだけ嬉しそうである。
「知らないか。まぁ、当然だね。よほど物好きか、専門知識を持っている者しか知らないだろうからね。」
そう言ったノーレッジは、着いて来なさいとばかりに腕を振ると、本棚の奥へと歩き始めた。
そんな彼の様子に着いて行けないタシェル達は、お互いの顔を見合わせた後、ノーレッジの後を追って、奥へと進む。
均等に並べられた本棚の間を抜け、一つの大きなテーブルが置かれた場所へと辿り着いたタシェル達は、そのテーブルに何やら一枚の大きな紙を広げているノーレッジを見つけた。
テーブルの上いっぱいに広げられたその紙を一目見た瞬間、タシェルはそれが何か理解する。
「地図ですか?」
丁寧に地図を広げているノーレッジに向かって問いかけると、彼はニッコリと笑いながら大きく頷く。
「その通りだ。とはいっても、世界地図では無いんだがね。この地図には大陸の東側だけが記されているんだよ。」
地図を広げ終わったノーレッジは、テーブルの短辺側に立つと、タシェル達に向かって手招きをした。
呼ばれるがままにそちらへと向かうと、ノーレッジが手のひらを擦りながら話し始める。
「今我々が立っている場所は、この地図で言うところの最南端だ。良いかね?そして、ここが、今我々の居るエーシュタル。」
そう言いながら、ノーレッジは地図の手前の方にある小さなしるしを指差した。
そのしるしの近くには確かに『エーシュタル』と記載がある。
そんな彼の説明を椅子の上に登って聞いていたミノーラが、首を傾げながら尋ねた。
「あの、ちなみに王都はどこですか?」
「王都かい?王都はね、この辺だね。」
ミノーラの問いに応えるために地図上の指を西に滑らせたノーレッジは、エーシュタルから西の方にある小さなしるしを指差して見せた。
「え?そこが王都なんですか?」
先程示されていたエーシュタルと王都のしるしを見比べては、ノーレッジの顔を覗き込むその様子は、余程驚いているのだろう。
それもそのはずだ。その二つのしるしは、地図の幅の四分の一くらいしか離れていないのだ。
奥行きに換算すれば、八分の一だろうか。
「君たちは王都から来たんだね?だとするならば、まだまだ世界は広いんだよ。で、さっき話してたザーランドだけど、隣のエストランドの……あった、ここだね。」
ノーレッジが指差したのはエーシュタルからずっと東にある小さなしるしだった。
距離としてはエーシュタルと王都の半分程度だろうか。
「結構遠いですね。」
思わず呟いたタシェルはザーランドと書かれたしるしの周辺に目を向ける。
どうやら平原の中心に位置しているらしく、エーシュタルとの間に大きな山は無いらしい。
そんな情報を読み取った彼女は、同じく地図を見入っているカリオスに語り掛ける。
「これで当面の目的地は把握できましたね。」
カリオスはその言葉を聞くと、一つ頷きながらメモを取り出した。
そして、何やら書き込んだ彼は、そのメモをノーレッジに手渡す。
「君はなぜこんな面倒な事をするのかな?」
カリオスの行動を気に食わなかったのか、ノーレッジが苦言を呈す。とはいえ仕方がない事なので、すぐさまフォローを入れることにした。
「ノーレッジさん。カリオスさんは色々と事情が合って、話せないんです。許してあげてください。」
「話せない?」
そう言いながら丸眼鏡を取り、ジロジロとカリオスを訝しんだノーレッジは「まぁ良いか」と呟きながらメモを読んだ。
しかし、彼はメモを読み上げることはせずに、しばらく考え込んでいる。
「ふむ。先程もそのことについて聞いていたけど……。結論から言えば、タンラムは存在しない。」
その言葉に驚愕を覚えたタシェルは、縋る思いで問いかけた。
「それは、滅んだという事ですか?」
タシェルの問いを聞いたノーレッジはゆっくりと頷きながら告げる。
「そうだね。タンラムは今から五百年ほど前に滅んだと言われている国の名前だよ。今では文献か大陸北部の遺跡でしか目にすることは出来ない。そして、文献では決まってとある単語が一緒に出て来るんだよね。」
そこで言葉を切ったノーレッジは、少しだけ考え込んでいる。
その場の空気に沈黙が広がりかけた時、ミノーラがぼそりと呟いた。
「それが、マナリウム。でしょうか。」
「そうなんだよ。察しが良いね。」
「あの、その文献って読ませてもらうことは出来ますか?」
そんなお願いをしたタシェルに対し、ノーレッジは一つため息を吐くと深く頷いた。
「もちろん。そう言われると思っていたよ。ただし、一つ条件があるんだよね。君たちは、何が目的なのかな?そして、タンラムの名前をどこで知った?」
そんな彼の問いに、タシェルは話をするか躊躇する。
どこまで話して良いのだろうか。話すことで、彼に何か危害が加わったりしないだろうか。
ただでさえ、マリルタでは立ち寄ってしまっただけであのような悲劇が起きてしまったのである。
立ち寄ったという意味では、エーシュタルも同じではあるが、立ち寄らない選択肢は無かった。
そう考えると、選択肢があるのならば、なるべく関係者を作らない方が、より最善では無いだろうか。
そんなタシェルの考えを読んだかのように、カリオスが首を大きく横に振っている。
タシェル達の様子を見たノーレッジは、残念そうにため息を吐いたのだった。
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