第152話 冗談
食事を終えたタシェル達は、当面の目的を話し合うために静かな場所を探した。
とは言っても、街中にそのような場所があるわけもなく、ハサクの言っていた『笑う仔犬亭』を目指すことになるのは当然の流れだろう。
「ハサクさんは正規の居住者って言ってたから、特別居住区には無さそうね。取り敢えず、エーシュタルの城壁内に向かってみよう!」
タシェルはそう言いながら、広場の奥に見える大きな門を指差した。
本来はその門がエーシュタルの西門に当たるのだろう。
しかし、その西門周辺を囲むような特別居住区があるせいで、門が二つあると言う不思議な状態になっている。
人ごみではぐれないように、オルタを先頭に門へと向かったタシェル達は、程なくして巨大な西門前に辿り着いた。
広く開け放たれているその門は、しかし、自由に出入りが出来るわけでは無いらしい。
門を通る人々が通行証のようなものを門兵に提示している。
「さっき検問の時に貰ったこの通行証で良いのかな?」
「とりあえず行ってみようぜ。ダメだったら、どうやってもらえるのか聞けばいい。」
ポケットから通行証を取り出し、不安を吐露したタシェルに対して、オルタがのんきに答える。
本当にそれで大丈夫なのか、不安が募るばかりだったが、そんな彼女の不安をよそに、オルタはズカズカと門に歩み寄ってしまった。
「そこのお前!通行証を見せろ!」
「あぁ、タシェル!通行証持って来てくれ。」
大きな掌で手招きされた彼女は一つ深呼吸をした後に門兵に向けて通行証を提示して見せた。
「これで大丈夫ですか?」
「ああ、良し。大人三人と子供一人、そして、喋る狼一匹?なんだこれは。」
門兵から見るとオルタの影に隠れてしまっているミノーラは視界に入っていないのだろう。
そんな状況に気づいたのか、ミノーラがスタスタと前へと進み出ながら告げた。
「あ、私のことですね。ミノーラって言います。喋る狼です。」
「なっ!?」
あからさまに驚愕している門兵の様子を見ているミノーラは、どことなく楽しそうだ。
最近この流れが気に入っているようにすら見える。
「な、なるほど、喋る狼と。……ちなみに観光目的とあるが、武闘会に参加する者はいるか?」
動揺を隠そうと必死なのか、門兵は事務的に尋ねてきた。
しかし、その視線は明らかにオルタへと向かっており、その視線を受けたオルタは、半ば呆けているように見える。
「ん?今から出場って出来るのか?」
「ああ、問題ない。本日の日没までにこの先の中央街で受付をすれば、出場資格は得られる。」
「そうなのか、出てみるかな……。必要な物とかあるのか?」
「武器は持参することになっているが、素手で戦う者も多い。最悪、体一つあれば問題ない。まぁ、細かい事は受付で聞いてくれ。」
門兵は門を通過するための列が長くなってきたことに気づいたのか、話を切り上げようとした。
そんな門兵に悪いと思いつつ、タシェルは最後の質問を投げかける。
「あの、ごめんなさい。『笑う仔犬亭』の場所とか知ってますか?」
「ん?あぁ、このまま真っすぐ、中央街に向かう大通りの途中、左手にあるぞ。ほら、もう行ってくれ。」
「ありがとうございます!」
振り返ることなく説明してくれた門兵に例を告げたタシェルは、カリオスとオルタに目配せすると、まっすぐ大通りを歩き始める。
「大通りってこの道のこの道のことですよね?探しましょう!」
妙に張り切っているミノーラが、前を行くオルタのすぐ隣を歩き始め、辺りを見渡している。
そんなミノーラのすぐ後ろを、クリスがトボトボと歩いている。
若干足を引きずっているように見えたタシェルは、そっと少年に近寄り尋ねた。
「クリス君、もしかしてまだ足が痛む?」
「な、そんな事ないばい!」
そう言いながら足を大きく動かしたクリスは、瞬く間に小さな悲鳴を上げ、目に涙を浮かべた。
「もう!ムリはしちゃダメだよ。ミノーラ、ごめん、もう少しクリス君を乗せてあげてくれる?」
「良いですよ!ほら、クリス君!乗ってください。」
話しを聞いていたのか、ミノーラはすぐさまクリスの横に歩み寄ってくると、背中に乗るように促した。
しばらく俯いていたクリスは、しぶしぶミノーラの背中に跨ると、首に腕を回し、ギュッとしがみついている。
あまり顔を上げたくないらしい。
そんなクリスの様子を見ながら、タシェルは心の中で謝罪する。
『もっと、適切な治療が出来てれば良かったんだけどなぁ。ドクターファーナスみたいに本格的な治療が出来るわけじゃないから、多分カリオスさんもまだ痛むんじゃないかな。』
チラッと盗み見たカリオスは、何やら考え事でもしているのか難しい顔をしている。
歩いたりする分には痛みを感じないのか、右肩を気にする素振りはあまり見られない。
しかし、戦闘となれば別だろう。
特に右腕を主軸に戦う彼の戦法にとって、右肩の負傷は致命的とも言える。
一度、詳しく状態を聞いた方が良いかもしれない。
そう考えたタシェルの耳に、ミノーラの声が聞こえてきた。
「タシェル!ありました!『笑う仔犬亭』です!」
その言葉を聞き、視線を上げたタシェルの視界に、看板が映り込む。
三匹の仔犬が楽しそうに走り回っている様子の描かれたプレートと、崩れた字体で書かれた『笑う仔犬亭』の文字。
「よし、入ろうぜ。」
そう言いながら扉を開けて中に入って行くオルタ。そんな彼に着いて行くミノーラ。もちろん、ミノーラの背中に乗っているクリスも一緒だ。
なんとなくその様子を見ていたタシェルの肩を、カリオスがそっと叩いてきた。
恐らく『行かないのか?』と考えているのだろう。不思議そうな表情のカリオスに頷いて応えると、タシェルも一歩を踏み出す。
扉を開けた彼女が初めに感じたのは、麦の香り。
ふわっと鼻腔に漂ってきた香りに心を奪われそうになった時、溌溂とした声が掛けられた。
「いらっしゃい!泊まりかい?食事かい?それとも、迷子かい?」
恰幅の良い女性が右手のカウンターと思しき場所から声を掛けてくる。
左手にはいくつもの椅子と机が並んでおり、多くの人が食事を摂っているところだ。
そんな店内を見渡したタシェルは、カウンターの女性に向けて言う。
「泊りで。部屋は、二部屋でお願いします。」
「悪いね、部屋は一部屋しか開いてないんだよ。」
その返答に焦りを覚えたタシェルが言葉を失っていると、カウンターの女性がニヤリと笑う。
「冗談だよ。アンタ可愛い反応するねぇ。どうだい、うちで働いてみないかい?丁度嫁を探してる男がいるんだよ。」
そんな女性の言葉に、タシェルは引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。
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