第135話 尋問

 時は少し遡り、女の膝蹴りで意識を失ったオルタは、続けざまに繰り返される激痛に、覚醒せざるを得なかった。


「ぐああぁっ!」


「寝てる場合じゃないんだぜ?あぁ?聞いてんのか?この木偶の坊が!」


 うつ伏せに倒れているオルタに片足を乗せたナイフの男は、容赦なく、オルタの左腕に刃を突き立てた。


「がああああぁっ」


「喚いてる場合じゃないっつってんだろ?ほら、早くミノーラの居場所を教えろ。」


 地面に顔をこすりつけた状態で、自身の二の腕を確認したオルタは、突き立ったナイフと、傷口から溢れる血液を見て、痛みが増したような錯覚に陥る。


 何とか背中の男を振り払い、立ち上がろうと右腕に力を入れたオルタは、もう一つの激痛で挫かれる。


「おとなしくしていなさいな。もうすぐあのカリオスとかいう男を殺して、彼が戻って来るわ。今のうちに吐いておいた方が楽になれるわよ?」


 女の振り下ろしたハンマーが、オルタの右手の甲をすり潰す。


 ゴリゴリという嫌な音を聞いたオルタは、痛みに涙をにじませながら、二人を睨みつけることしかできなかった。


「おい、何睨んでんだ?立場を分かってんのか?お前らに勝ち目はねぇ。いいから速く情報を吐けばいいんだよ。お前は。」


 男はそう言うと、オルタの左腕に突きさしているナイフを、グリグリとねじり始めた。


 当然、激痛がオルタを襲い、話をする余裕などある筈が無い。


 あるいは、男はワザと応えられないようにしているのかもしれない。


 そう思いながらも、オルタは情報を出すわけにはいかないと、改めて決意を固めた。


 ミノーラの居場所を教えるということは、当然、タシェルの居場所も晒されてしまうわけで、もしこいつらに見つかれば、無事では済まないだろう。


 先ほどの膝蹴りや両腕の痛み。蓄積していく痛みは、より強固に、彼の思考を固めていった。


「くそ、おい、お前が吐かねぇと話にならねぇんだよ。カリオスって野郎は話せねぇんだろ?だったらお前以外に居ねぇだろうが!おい!何とか言いやがれ!」


「……」


 男の言葉に沈黙を貫きながら、オルタは気が付いた。


 この場に居るのは、オルタとカリオスだけではない。


 確かにカリオスは、言葉を話すことが出来ない。だからと言って安心しても良いわけでは無いのだが。


 それ以上に、こいつらにとって情報を得やすい人間が、ここには沢山いるではないか。


 思わずカリオスが消えていった建物へと視線を移したオルタは、音沙汰もない建物の様子に、不安を抱く。


「あ?なにかあったのか?」


 オルタの視線を辿ったのか、男も建物の方を見る。


 その途端、一つの大きな変化が起きた。


 どこかの部屋で光が発生したのか、窓から眩い光が漏れ出し、立て続けに何者かの足音が聞こえてくる。


 その足音はオルタ達の居る玄関側からは離れて言っているように聞き取れた。


 カリオスが何かしたのだろうか。


 オルタが考えているように、背中の男と傍に立っている女も似たようなことを考えたようで、沈黙が流れた。


「ねぇ、この男はとりあえず殺して、彼の手助けに行った方が良いんじゃない?」


「ふざけんな!そんなことすれば、俺らが逆に殺されちまう!良いか、俺らはこいつから情報を聞き出すように言われてんだ。あのカリオスとかいう男は、見た感じそんなに戦い慣れしてるわけじゃねぇ。今のはただの悪あがきだ!」


「でも、さっきのって、光だから相性が……。」


「馬鹿野郎!」


 何かを口走りかけた女に対し、男が激しい口調で制止する。しかし、オルタは既に聞き取ってしまっている。


 ……光だから相性が。


 その言葉を聞き、オルタは先程のことを思い出す。


 廊下で、短刀を持った男が突然背後に現れた事。あくまでも、あの男の身のこなしが人並みを外れているのだと、オルタはそう思っていた。


 しかし、そうでは無いのだとしたら?


 女の言動と、ナイフを持った男の慌て方。そして、あからさまに怪しい衣服。なぜだろう、なにかが引っ掛かる。


 明確な答えを導き出せないまでも、オルタは何かしらの違和感を掴んでいた。同時に、その違和感は少しずつ広がって行く。


 廊下の天井に立っていた男も、異様に体が重い女も。


 どちらも、同じような違和感を覚えないだろうか。


 彼の思考がそこまで至り、二人の口論が激しさを増した時、再び状況が動く。


 カリオスが逃げ込んでいるはずの建物から、ドンッという低い衝撃が伝わって来たかと思うと、屋根を突き破って、何かが飛び出して来た。


 身体をくの字に曲げて飛んで来たその人物は、オルタ達の傍に落下する。


 左半身を強烈に強打したその男は、無言で立ち上がると、左肩を押さえ、左足を引きずりながら、建物へと向かって行った。


「お、おい!大丈夫なのか?」


 ナイフの男がオルタのことも忘れて声を掛ける。


 しかし、答えの代わりに帰って来たのは、冷たい視線だった。


 怒りと、憎しみと、屈辱。それらが混じりあった視線は、ナイフの男とハンマーの女を舐めましたかと思うと、再び無言で建物の中へと消えてゆく。


「……ぶちギレてやがる。」


 雨と風の吹き荒れる中、男の小さな呟きが、辺りに染み渡ったのだった。

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