第132話 油断

 扉を勢いよく開け放ったカリオスは、引き連れていた女を廊下へと引きずり出し、勢いよく扉を閉めた。


 それが気休めでしかないと認識しているカリオスは、すぐさま腰のポーチから光を蓄積している鉱石を取り出す。


 残りは二つ。


 これだけでは確実に対処できない。


 彼が推測するに、さっきの男は影に潜むことが出来るのだろう。その能力が、例の発光している服によるものなのか、男が本来持っている能力なのか。


 正直判断はついていない。


 だが、人間にそのような芸当が出来るわけは無いと、カリオスは良く知っている。もし、三人が今回の襲撃のために準備してきたのだとするならば、服による力と考えた方が妥当だろう。


 鉱石を籠手へとセットすると、カリオスは廊下を走りながら手当たり次第に扉を開けていった。


 幾つかの部屋には、数人が固まって身を寄せ合っている。どういった部屋分けをしているのかは定かでは無いが、今は関係ない。


 カリオスは部屋にいた人々に対して、着いて来るように身振りで伝えた。しかし、実際に着いて来ることは確認しない。


 そこまで構っている暇はないのだ。


 そのまま、最も広い部屋、すなわち、応接間と呼ばれていた部屋に向かったカリオスは、目についた男に女を預け、入口へと向き合った。


 女が何か説明していたのか、少しずつ集落の人間が応接間に入ってくる。その中にあの男がまぎれていないことを確認したカリオスは、深く息を吐いた。


「おい、カリオス。何がどうなっとるんよ!説明しろ!」


 複数の男に詰め寄られたカリオスだったが、今は悠長にしている時間はない。


 伸ばされる腕を力一杯に払いのけたカリオスは、部屋に置いてあるありったけのランタンに火を灯し、部屋のいたるところに配置する。


 そうして、右腕の籠手を何度もスライドさせながら、部屋の入口に向けて構えた。


 そんな彼の気迫に押されたのか、その場の全員が入口に目を向け、固唾をのんで待っている。


 ここまで、全く攻撃してくる様子の無い男は、カリオスのことを余程格下に捉えているのか、はたまた、警戒しているのか。


 できれば全社であってくれと願いつつ、カリオスは耳を澄ませた。


「よく分かったじゃないか。そうそう、影が無い場所に、俺は現れねぇ。」


 そんな言葉と、ゆっくりと近付く足音が、廊下から響いてくる。


『もう少し、あと少しだ。待て、待て、待て。今だ!』


 足音を頼りに男が応接間の入口に差し掛かるタイミングを見計らったカリオスは、男の靴が見えたと同時に、右の拳を握り込んだ。


 途端、籠手から放たれた光線が、応接間と廊下を真っ白に染め上げる。


 今までにないほどに籠手をスライドさせていたおかげだろうか、放たれた光線が途切れた後も、周囲に光が漂っているように感じる。


 そんな幻想的な光景に見惚れるわけにもいかず、カリオスはすぐさま次の手順に移る。


 ポーチから三つの鉱石を取り出すと、一つを籠手に装着し、一つを左手に持ち、もう一つを口に咥える。


 籠手をスライドしながら駆け、あと数歩で廊下というところで、男の声が聞こえる。


「おいおい、派手にやったなぁ。だが、これで俺を倒せると思ったのか?」


 男の挑発を聞き流したカリオスは、廊下を出て男がいるであろう右手の方に籠手を構える。


 そこに男の姿は無かった。


 構えた籠手が何かを発射することは無く、一拍の時が過ぎてゆく。


 しかし、それはカリオスの予想通りであり、左手を口元へと持って行った彼は、徐々に薄れつつある光を確認しながら、鉱石をぶつける。


 彼の咥えていた鉱石が眩い光を放ち、途端、天井から例の男が落ちてくる。


 落下しながらもカリオスに向けて短刀を振りかざしたところは、流石と言うべきだろう。


 迫りくる短刀を避けるように、カリオスは後ろに体勢を崩した。勢いの乗った男の短刀が、弧を描いて、彼の首元へと伸びてくる。


 しかし、カリオスの口元で光っている鉱石のおかげか、振り下ろされたその切っ先は狙いを外し、彼の口輪に弾かれた。


 倒れ込みながらも怯みかけたカリオスだったが、廊下に向けて構えていた右腕を、落ちて来る男に向け直し、すぐさま右の拳を握り込む。


 籠手から衝撃が放たれ、反動で背中を強打する。肺から空気が抜けた苦しみと、右腕の激痛を覚えたカリオス。


 それらの痛みと引き換えに、衝撃波を伴う一発が男にぶち込まれる。


 胸部でそれを受け止めた男は、天井をぶち抜き、そのまま姿を消した。


 天井に空いた穴から外の雨が降り込んでくる。どうやら、外まで吹き飛ばしてしまったようだ。


『ふぅ……あと二人。』


 降りかかる雨と吹きつける風の冷たさを実感しながら、カリオスは安堵のため息を吐いた。


 緊張で張り詰めていた心と筋肉が悲鳴を上げたのか、膝と腕が震えて止まらない。


 何とか呼吸を整えて落ち着こうと、廊下の先を見たカリオスは、背筋が凍ったように錯覚した。


 ゆっくりと開かれる玄関の扉と、立っている人影。


 どことなく体のバランスがおかしくなっているその人物は、どうやら足を痛めたらしい、左足を庇うように立っている。


「おい、てめぇ。やってくれたな。カリオス。ただで済むと思うなよ?」


 左足を引きずりながらこちらへと近寄って来るその人物は、まぎれもなく、今しがた吹き飛んで行ったはずの男だった。

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