第133話 手傷
玄関に現れた男の姿を目にした瞬間、カリオスは戦意を喪失しかけた。
あそこまでやっても、倒れないのかと。
しかし、落ち着いて見返すと、男はかなりの痛手を負っているようだ。
左足を引きずっている様子や、左肩を右手で押さえている様子を見るに、着地時に左半身を強打したのかもしれない。
『それにしても、戻って来るのが速すぎだろ。』
負っている手傷にふさわしくない男の動きに、もはや戦慄するしかない。が、勝機が無くなったわけでは無かった。
恐らく、さきほどまでの機動力は削がれているに違いない。あくまでも推測でしかないが、何とか勝てる可能性はある。
カリオスは廊下に座り込んだまま周囲の壁や天井を観察し、一筋の勝ち筋を見出した。
「おい!今ぶっ殺してやるからな!」
直接的で高圧的な挑発を投げかけて来る男を完全に無視し、カリオスは立ち上がった。
廊下にいる男の距離感を確認した彼は、一度応接間に戻る。
「やったのか!?」
集落の人々が信じられないものでも見るように、カリオスに視線を向けてくる。
『彼らをどこかに逃がさないと、どっちにしろ動けないな。』
そこに居る人々に目を向ける余裕が出来たカリオスは、改めて全員に目を向ける。
その中には、怯えているクラリスや意識を取り戻していないクラリスの兄もいるのだ。
おいそれと男の前を通って逃げ出せるわけも無く、仕方ないと決心したカリオスは、籠手をスライドしながら、窓のある壁に向けて構えた。
「なにしよるん?」
落ち着きを取り戻せていない男の一人が、不安そうに尋ねてくる。そんな男の問いに答えるように、カリオスは拳を握り込んだ。
発せられる空気圧で、窓ごと壁が吹き飛ぶ。
豪快に空いた壁の穴からは、遮るものを失った雨と風が、遠慮することなく豪快に入り込んでくる。
こんな天候の中、幼い子供を出すのは中々に危険だと思われるが、背後から確実に迫りつつある危険に比べれば、まだマシだろう。
「逃げろって事か?」
先ほど尋ねてきた男が、再び問いかけてくる。その問いに、カリオスは深く頷いて応えた。
彼の突然の暴挙に、唖然としていた人々だったが、意図を知ると、動き出すのは早かった。恐らく、彼らも逃げ出したいと考えていたのだろう。
ぞろぞろと外へと逃げ出していく人々を見ながら、カリオスは廊下と外の様子を交互に観察する。
玄関口とは反対側の壁に穴をあけたため、他の二人に逃げ出したクラリス達が見つかるまで、ある程度の時間が掛かるだろう。
となれば、まず対処するべきはやはり、建物の中の男。
廊下を見た彼は、自然と件の男と目が合った。
「ん?あぁ、逃がしたのか。まぁ、良いぜ。俺はもう、お前を殺すことだけしか興味ないからなぁ。」
そんな男の言葉を聞きながら、カリオスは腰のポーチから鉱石を取り出す。
しかし、簡単に準備をさせてもらえるわけも無く、カリオスの行動を見た男は、すぐさま突っ込んできた。
左足を引きずっているとは思えないほどの素早さで、すぐ目の前に迫る。
焦ったカリオスは、咄嗟に左へと飛び退いた影響でバランスを崩し、床に両手をついて倒れる。
その際、手にしていた鉱石を落としてしまったが、そんなことに構っていれない。
倒れたカリオスに振り下ろされる短刀。
すぐさま仰向けに転がったカリオスは、落ちて来る短刀を止めようと、男の腕をつかんだ。
「おら、死ね!」
そんな罵声を浴びせながら、男は全体重をかけてのしかかってくる。
両腕の筋肉を総動員して、迫りくる短刀を何とか押し戻そうとしてみるも、先ほどまでの右腕のダメージのせいか、ジワジワと押し負けていく。
迫りくる切っ先は、完全にカリオスの鼻先を捉えており、このままでは致命傷は間違いない。
『クソッ……。』
だんだんと力が入らなくなってくる右腕。少しでも気を抜けば、一気に押し負ける。少しでも致命傷を避けようと、カリオスは頭を左に捻り、切っ先から逃れようとした。
左腕で男の腕を右のほうに押しつつ、右腕を酷使した。
「悪あがきしたところで無駄だぜ!」
男も負けじと、カリオスの腕を押し返し、短刀の軌道を戻そうとしてくる。
そんな時、カリオスの右腕が限界を迎えた。
プツリと何かが切れたように、力が抜けた右腕。
せき止めていたものが無くなったように、短刀は思い切りカリオスの右肩に深く突き刺さった。
『があああああああ!』
左腕で押していたおかげで顔面には刺さらなかったものの、右肩が致命傷では無いのかと言われると、充分に危険な部位である。
走る激痛と漏れ出す血液、吐き出すことのできない声を上げながら、カリオスは絶叫する。
男はというと、突き立てられた短刀をぐりぐりと動かし始めた。
カリオスは短刀が右肩の骨を削り、肉や筋を削ぐ度に、激痛に見舞われる。
それだけの激痛を味わいながらも、声を張り上げることが出来ないのは、中々に苦痛だ。
このままでは殺されてしまう。そんな思考が頭を過り、痛みのお陰で少しばかり感覚の戻った右腕を上げると、左手で籠手をスライドし、男目掛けて拳を握り締める。
男はカリオスをいたぶることに夢中で気が付いていなかったのだろう、突然の衝撃を受け、廊下の方へと吹っ飛んだ。
しかし、スライドの回数が足りなかったのか、それほど傷を受けた様子も無く立ち上がる。
カリオスも、上に乗っていた男が吹っ飛んだことで、立ち上がることが出来た。
痛む全身に惑わされながら、右肩に刺さっている短刀を抜くか迷ったカリオスだったが、危険だと判断し、スライドさせた籠手を刃に当てる。
籠手から放たれた衝撃で短刀を折ったカリオスは、振動と共に走る痛みをこらえながら、男を睨みつけた。
「なんだ?痛いか?良かったなぁ。俺は楽しかったぜ?もう一度やろうや。」
既に左腕で支えないと上がらない右腕を、にやける男に向ける。
対峙する二人の様子は、お互いに満身創痍と言うべきほどに、ボロボロだった。
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