第121話 相違

 キュームのつんざくような叫びが響き渡った瞬間、ゆっくりと浮遊していた全ての物が、急速に速度を上げながら、その半径を狭めていく。


 その様子を見たミノーラは、次に襲い掛かるであろう攻撃を察知し、タシェルに向かって叫んだ。


「乗って!」


 その声を聞いたタシェルが一瞬躊躇した瞬間、人の拳ほどの大きさの岩がミノーラのすぐそばに着弾し、はじけ飛んだ。


「速く!」


 迫りくる巨大な岩石に焦りを覚えた彼女が再び叫ぶと、タシェルが慌てた様子で背中にしがみついてきた。


 背中の熱を感じるや否や、ミノーラは全力で駆け出す。


 あまり悠長にしている暇はない。


 人一人を乗せた状態で走ったことは無かったが、想像以上に動きにくい。これが、カリオスやハイドだったら、動くことも儘ならないだろう。


 ましてや、オルタを乗せたまま立っていることは出来ない。


「タシェル!かなり揺れるので注意してください!」


 あらゆる場所に巨大な岩石がぶち当たり、砕けた小ぶりな岩は、再びキュームに吸い寄せられてゆく。


 辺りを飛び交っているのは岩だけではない。池の水は地面を湿らせ、とがった枝はその勢いのあまり、着弾した地面に突き刺さっている。


 また、飛んでくる物だけが二人の障害になるわけでは無かった。


 キュームを中心とした軌道を描いている浮遊物も、ミノーラの行く先や視界を遮る。


 浮遊物と同じようにキュームの周りを走って逃げていたミノーラだったが、すぐさま限界を感じる。


 恐らく、ミノーラの動きを見抜いたのだろう。


 巨大な岩や、葉の生茂った枝が進路を妨げるように配置され、それを避けようと飛び退くと、狙ったかのように岩の弾丸が降り注ぐ。


「シルフィ!」


 今のところはシルフィとタシェルの手助けで何とかなってはいるが、そう長くはもたない。


 どうしたら良いのだろう。


 上下左右、そして前方に注意を裂きながら思考を巡らせようとした彼女は、打つ手を見出すことが出来なかった。


「どうしよう!タシェル!何か考えとか無い!?」


「ちょっと待って!今考えてる!」


 そんな言葉を交わした瞬間、ミノーラは足元に不穏な振動を感じ取った。


「タシェル……!」


 咄嗟に横に飛び退いたミノーラは、背中のタシェルが振り落とされたことに気が付き、一瞬反応が遅れる。


 ボコッと地面が盛り上がったかと思えば、次の瞬間には岩石で作られた太い槍が姿を現す。


 幸い、横跳びで避けたミノーラと、振り落とされたタシェルに当たることは無かった。


 が、当たれば腹を貫かれていただろう。


 鼻先が冷えるのを感じたミノーラだったが、息を吐く暇はない。


 崩れた体勢をすぐさま立て直した彼女は再び全力で駆け始めた。


 タシェルはというと、振り落とされた勢いで地面に転がったが、すぐに起き上がり、出口へと向かって駆け出している。


 そんな彼女に降りかかる岩などは、全てシルフィが防いでいるようで、一直線に飛んでいた飛来物が、不自然な軌道を描いて壁に衝突している。


「キューム!話があるんです!少し落ち着いてください!」


 タシェルが逃げるための時間を作るため、ミノーラは声を張り上げた。そんな彼女の思惑を知ってか、キュームはあからさまにミノーラに狙いを移す。


「返せって言ってたのは、もしかしてサムの手帳のことですか?」


「返せ!」


「だったら話を聞いてください!」


 飛び交う岩を避け、道をふさぐ岩や枝を避け、再び岩を避ける。


 尻尾の先や横腹のあたりを飛んできた岩が掠めていく。そのたびに身が縮む思いを抱きながらも、何とか走ることは出来た。


「サムはあなたに!あの手帳の中身を読み聞かせてあげたいと思ってたみたいです!私が話しますから、少しの間だけでもやめてください!」


「……うるさい!」


 手帳で語られていた話を引き合いに出して説得を試みるも、一蹴される。


 それどころか、溜まったイラつきをぶつけるように、飛んでくる岩の量が格段に増えた。


 何度も砕け、小さくなっていった岩がまとまって飛び交うため、まるで散弾のようになっているそれらは、ついにミノーラの背中を強打する。


 強い衝撃で体勢を崩しながらも、止まらずに走り続けたミノーラは、背中がズキズキと痛むのに耐えながら、再び声を掛ける。


「手帳はすぐに返しますから!」


「……黙れ!返せ!返せって言ってる!早く返せ!」


 全く聞く耳を持たないキュームをどうやって説得すればいいか分からなくなったミノーラは、背中の痛みと走り続けた疲労で、ついに足を止めてしまう。


 そんな彼女の逃げ場を奪うように、いくつかの岩がミノーラの周囲目掛けて飛んでくる。


 完全に逃げ場を失ったミノーラは、ただキュームを見るしかなかった。


 キュームはというと、飛び交う岩の隙間からこちらをじっと見つめている。


 この間、ミノーラに対して攻撃は行われなかった。


 不思議に思った彼女は、慎重に言葉を選び、語り掛けてみる。


「手帳はすぐに返します。だから、少し話をさせて……」


「黙れ!早く返せ!」


 相も変わらず話が通じない。そう思ったミノーラは、キュームの次の言葉を聞き、納得する。


「サムを!早くサムを返せ!」


 キュームのその言葉を聞いたミノーラが、言葉の意味を理解するのに数秒かかった。


 しかし、彼女がこの言葉の意図を理解するのは、まだ少し先の話である。

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