第118話 首輪

「で、これからどうする?このままここにおっても、何もできんばい。」


「そうですね。私はキュームを探すべきだと思います。タシェルはどう思いますか?」


 焚火を囲んで座り込んでいるタシェルとミノーラとハイド、そして海亀はこれからの方針を話し合っていた。


 既に日が沈んで数時間が経っているが、誰一人として眠ろうとしない。タシェルは眠気を覚えない訳では無かったが、嵐による風雨と波の音で眠れそうになかった。


 というわけで、本来すぐにでも休息をとるべきなのだが、もう少し眠気を感じるまで起きていることにしている。


「私もキュームと話をしてみるべきだと思う……けど、そもそも話せるのか分からないよね。あと、どこにいるのか分からないっていうのもある。」


「私はキュームと話が出来ると思います。あ、それと、亀さんはキュームと話したことがあるそうです。」


「え?そうなの?」


 思わず亀に視線を移すと、何やら口をパクパクと動かしている。恐らく、何か話をしているのだろうが、やはりタシェルの耳では聞き取ることが出来なかった。


 本当に話しているのか疑問を拭いきれないが、今はミノーラのことを信じることにしよう。


「小さい頃に話したそうです。その当時は、キュームも今のように頻繁に荒れることは無くて、この洞窟で海を眺めてたらしいです。」


「……五年くらい前から嵐の来る頻度がおかしくなったけん、それ以前っちことやな。まぁ、今年ほど頻度がおかしい事は今まで無かったけどな。」


 キュームの成長に伴って徐々に力エネルギーが増えている、という事だろうか。


「ところでミノーラ。一つ気になってたんだけど、シルフィの声はいつから聞こえてたの?」


 一旦話題が切れたタイミングで、タシェルは気になっていたことをミノーラに尋ねた。そんな問い掛けに、彼女は快く答えてくれる。


「シルフィの声は初めから聞こえてました。ボルン・テールに到着した直後から、助けを求めてる声が聞こえてたので。」


「……あぁ、そんなタイミングだったんだ。本当にあの時はありがとう。」


 思わぬタイミングで蒸し返される過去の話に、彼女は少しばかり動揺してしまう。しかし、今はそんな事に心を囚われている場合ではないのだ。


「さっき船でシルフィを見ることが出来るようになったって言ってたけど、精霊を見るのは初めてだったりする?」


 ミノーラに尋ねながら、タシェルは焚火の上でヒラヒラと舞を披露しているシルフィに目を向ける。


 とても楽しそうに踊る彼女は、まるで舞い上がる火の粉と踊っているようだ。


 先ほどまで元気が無かったシルフィは、嵐が強まるにつれて調子を取り戻し、今ではすっかり元気だ。なんとなく違和感を覚えるその状況を保留した彼女はミノーラの回答を待つ。


「精霊を見るのは、多分三回目です。」


「三回も?その精霊とは契約したの?」


「契約はしてないですよ。一回目は影の精霊ですね。ミスルトゥで見ました。二回目はボルン・テールです。ただ、これは本当に見たのか分かりません。意識を失いかけた時に、目の前にキラキラとしたものが見えて、それが精霊だと思ったので。で、最後はシルフィです。なので、一回も契約はしたことないです。」


「その精霊を見る前に、何かきっかけとか、あったりした?例えば、さっき船の上でシルフィが見えるようになる前、いつもと違うことをしたとか。」


「いつもと違う事……ですか。うーん。」


 耳を掻きながら考え込んでいるミノーラを期待した目で見ていたタシェルだったが、しばらく頭を悩ませている彼女の様子を見るに、望み薄のようだ。


「うーん。ちょっとはっきりとは言えないんですけど。首輪から音がしたような気がします。」


「首輪から音?」


「はい、ただ、ハッキリと聞いたわけでもないし、一回目も二回目もそれどころじゃなかったので、確信はないです。」


「二回目?三回じゃないの?」


 ハッキリとしない様子で応えるミノーラに、追い打ちをかけることになった自身の発言を少し後悔しながらも、やはり疑問を拭うことは出来なかった。


 首輪から音がした。という回答は、彼女にとって意味の分からないものである。そんな特殊な仕掛けがある首輪には見えない。


 そっと腕を伸ばし、ミノーラの首輪に触れてみたタシェルは、その触り心地に違和感を覚えた。


「ん?何?この首輪。なんか、変な感じがする。」


「変な感じですか?あ、そう言えば、昨日エネルギーの放出をしたんでした。ってことは、何か別のエネルギーが蓄積されてたりするんでしょうか?」


「え、何の話?」


 話の見えないタシェルはミノーラに問い返した。そこでようやく、彼女もタシェルの状況を理解したようで、説明を始めた。


「この首輪は、攻撃されると、そのエネルギーを吸収するってサーナが言ってました。で、昨日蓄積していた影のエネルギー?を放出したので、別のエネルギーを吸収してるかもです。それこそ、力エネルギーとか。」


「その影のエネルギーを吸収したのっていつなの?」


「えっと、あれ?いつだろう。でも、初めて影の精霊を見たのはレイラで……あぁ、その前にパトラを洗脳から解放したんだっけ?」


 事情はよく分からないが、ミノーラは首輪に蓄積しているエネルギーと同じ精霊を見ることが出来るのだろうか。


 とするならば、今ミノーラの首輪に蓄積されているエネルギーが力のエネルギーであれば、キュームを見ることができる?


 何もかも推測でしかない。しかし、現にシルフィを見ることが出来るようになっている事実もある。


 そんな事実を根拠に、行動していいものか悩みながら、タシェルは徐々に眠気が深くなっているのを感じたのだった。

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