第92話 認識

 カリオスとミノーラが応接間に入ると、一気に視線が集中した。注がれる視線に、いったいどんな考えが含まれているのか分からない以上、彼の体は警戒で強張ってしまう。


「ミノーラ、カリオスさん。こっちです。」


 部屋の真ん中で椅子に座っているタシェルとオルタに呼ばれ、彼らはすぐにそちらへと歩み寄った。


 沢山並べられている椅子に座れていない人々もいる中で、不自然に空いた椅子が二つある。何も考えずにその椅子に飛び乗ったミノーラを傍目に、カリオスは改めて周囲の人々に目をやる。


 早く座れと急かすように、大勢から見つめ返されたカリオスは、しぶしぶと椅子に腰を下ろした。


「さて、全員揃ったところで、始めましょう。あまり時間は無いので、早く終えることが出来るように、皆の協力を願う。」


 当然のように仕切り始めたザムスの声を合図に、応接間の扉が閉まる。


「まず、報告を聞こう。ジル、食料は残り何日分ある?」


「はい、4人追加を考えて、残り2日分です。」


 先ほど話していた時とは全くの別人のような口調で、ジルが答える。その答えを聞いた集落の人々は頭を抱え、カリオス達はバツの悪さを覚えた。


「そうか、ハイド、海の様子はどうだ?」


「……ちっ。まだ収まる様子はねぇよ。当分ずっとこのままたい。」


 ジルと打って変わって、ハイドは口調を貫いた。その言葉遣いを聞いたのが原因か、話し始めの舌打ちが原因か、ザムスは幾ばくか顔をしかめると、一つ、ため息を吐いた。


「まぁ良い。今は黙っておいてやろう。ハーザム。家の修繕はどこまで進んだ?」


「今日進んだ分を含めても六割程度かと。今夜の嵐が昨晩と同じ大きさなら……いや、何でもないっす。」


 ハーザムと呼ばれた男は、茶髪の小太りな男だった。彼の口調は、初めこそジルやザムスと同じように畏まっていたが、気でも緩んだのか、少しずつ元に戻って行く。


 そうして、報告が終わると、辺りにため息が充満する。それもそのはずだ。現状は絶望的で、解決策はこれと言って提示されていない。


 洞窟の中で見た昨晩の嵐を思い出しながら、カリオスは考える。この集落よりも海から離れた山の中ですら、嵐はかなりの強さを保っていた。だとするならば、こんな海の傍にある集落が致命的な被害を被るのは、自明の理だろう。


 そんな同情にも似た考えを抱きつつ、彼は別の大きな疑問を背負った。


『何のために集まったんだ?話をするって言ってたけど。話してもどうにもならないだろう。』


 こんな応接間に大勢の人々が集まっても、嵐を消す方法など思い浮かぶはずもない。そもそも、そのような術は存在しないと思える。


 どんよりと沈み続ける空気の中で、一人疑問に悶々としていたカリオスは、同じく悶々としている様子のタシェルと目が合った。彼女は何か言いたげだが、場の空気に負けて、言えないでいるのだろう。


 ミノーラとオルタについては、先ほどの報告を聞き、単純に悩んでいるようだ。


「すみません!ザムスさん。今のお話なんですけど、食料なら私が狩って来ます!嵐の中で狩りをしたことはあまりないですけど、不可能では無いかと。」


 深く考え込んでいたミノーラが、ザムスに対して提案する。確かに、昨晩もカリオス達に比べてミノーラの方が動けていた気がする。


「狩りか……。それは非常にありがたい提案です。ですが、いつまでここにいてくれるのでしょうか?」


 指を顎に当てながら考えたザムスは、しばらくして、ミノーラに問い返した。


「え?嵐が収まるまで。だと思います。」


「この嵐がいつ終わるか分かるのですか?既に二週間にわたって嵐が続いているのです。本当にこの嵐が収まるまで、ミノーラ様はずっとここに留まっていただけるのでしょうか?」


「あー……えっと。」


 言葉に詰まった様子のミノーラが、サッとこちらを見上げてくる。しかし、カリオスもザムスと同じ意見だ。ここに長居するよりは、皆でボルン・テールに引き返した方が、まだマシだろう。


 そんな気持ちを込めて、カリオスは首を大きく横に振った。その様子を見たミノーラは、少ししょんぼりとした様子で告げる。


「ごめんなさい。」


「いえ、分かっていただければありがたいです。」


『結局何が言いたいんだ、このおっさん。』


 自身の対応のせいでミノーラがしょんぼりしたことに罪悪感を覚えたカリオスは、直後のザムスの言葉にいら立ちを覚えた。


 咄嗟に立ち上がってメモでありのままに伝えようとした時、彼よりも早く立ち上がる人物が居た。


「はがいいったい。そげん回りくどいやり方せんでよかろーもん。」


 ハイドが心底面倒くさそうな態度で、ザムスに向けて言い放つ。彼の放ったその言葉の意味を正確に理解できないカリオスだったが、なんとなく、言いたいことは分かった。


「……お前は黙っていなさい。」


 冷たく言い放つザムスの言葉に、悪びれる様子の無いハイドは制止も聞かずに言葉を続ける。


「親父が言わんとなら、俺が言ってやる。そのミノーラとかいう犬が島に行けば、海神様の怒りも収まるけん、俺らのために死んでくれって話しやろ?俺はそれでどうにかなるとか思って無いけん、どうでもよかけど。」


 ハイドの告げた言葉が部屋の空気を凍り付かせ、数秒間、誰もが身動きを止める。唯一動きを見せているのは、言うまでも無くハイドだけだ。


「ザムスさん。それは本当の話ですか?」


 凍り付いた空気をジワジワと溶かしていくような怒りを滲ませた声でタシェルが問う。オルタもミノーラの頭を撫でながら、ザムスを睨みつけている。


 しかし、当の本人であるミノーラは、怒りでは無く困惑を覗かせている。これはカリオスの推測だが、彼女は理解していないのだ。


 海神様の怒りを鎮めるために、ミノーラの犠牲が必要。そんな意味不明な考えが、さも当たり前だと言うように認識している人間に、自身が囲まれていることに。彼女は気が付いていない。


 やれやれと呆れを見せているザムスも、薄っすらと微笑みを浮かべているジルも、ミノーラのことを凝視しているハーザムも。同じ認識なのだろう。


 唯一違うのは、ハイドだ。カリオスは直感した。いら立ちの中にチラチラと見せる綻びの様なもの。彼は、それが何か知っている気がする。

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