第85話 雨宿

 降り出した雨は次第に勢いを増し、カリオス達の歩みを妨げた。初めは森の中を小走りで進んでいた彼らだったが、雨でぬれた衣服の重みで次第に体力を奪われ、思うように歩が進まない。


 特に、タシェルの歩みは極端に遅くなっている。


 降りかかる無数の雨風で視界が悪くなり、先ほどからオルタが呼び掛けている声も、ミノーラに届いているか定かではない。おまけに、雷まで頭上でゴロゴロと燻っており、タシェルからシルフィに風だけでも弱めることが出来ないか頼めないでいた。


『思ったより強い嵐だな。』


 カリオスは全身にまとわりつく衣服の重量と熱を奪われる感覚に気持ち悪さを覚えながら、周囲に目を凝らした。


 まずは雨宿りできる場所を探すのが先決だ。奪われた体温と体力、そして気力を取り戻さない限り、これ以上の進行は難しいだろう。


 引き続き周囲に意識を集中していると、吹きすさぶ風の音の中に、小さな声が聞こえた気がする。ミノーラかもしれないと考えた彼は、籠手をスライドさせてエネルギーを溜めると、上空に向けて一発だけ放った。


 しかし、思いのほか発射音は小さく、あっという間にかき消されてしまう。これでは流石のミノーラでも気づかないだろう。


 どうすればいい。と彼が考えていた時、周囲が一瞬、瞬いたかと思うと、轟音と衝撃が彼らに襲い掛かる。腹に響くような低い振動は、彼らの立っている地面を軽く揺らして、収まって行った。


 案の定、タシェルは恐怖のあまり叫び声を上げながら、しゃがみ込んでしまっている。オルタは、そんなタシェルの傍に駆け寄り、なにやら励ましているようだ。


『そうか、地面だ。』


 そんな二人の様子を傍目に、彼は再び籠手にエネルギーを溜める。しかし次は頭上では無く、彼の足元に籠手先を向けて、発射する。続けざまに二度、同じような振動を地面に加えた彼は、先ほど聞こえた声を、鮮明に聞きとることが出来た。


「カリオスさーん!タシェル!オルタさーん!どこですかー!こっちであってます?返事してくださーい!」


「ミノーラ!俺たちはここだ!」


 その声はオルタにも聞こえたようで、すぐに返事を叫んでいる。しばらくすると、彼らが進行していた方向の茂みから、ミノーラが飛び出して来た。


「見つけました!皆さん無事ですか!?この先に川があって、その近くに洞窟があるのを見つけたので、そこまで急ぎましょう!」


 ミノーラの先導の下、一行はようやく足を進めることが出来た。度々響き渡る雷に、タシェルが毎度怯えるため、仕舞にはオルタが彼女を抱きかかえる状態で進んでいる。


 もしかしたらそれが狙いか?と邪推したカリオスだが、オルタの服に顔を埋め、泣きじゃくっている彼女の様子を見ると、どうもそういう訳では無いのだと直感した。


『ここで迷惑かけられた分は、後で茶化すことでチャラにしよう。』


 自身の体力にも限界を感じ始めていたカリオスがそんなことを心に決めていると、ようやく森を抜け、先ほど話に出てきた渓谷が視野に入った。


 山の間を縫うように続いている川と、その両側に切り立つ崖。天気が良ければそれなりに綺麗な光景が見れたかもしれない。


 その切り立つ崖へと向けて、ミノーラは案内してくれた。渓谷の入口付近に、例の洞窟はあるようだ。


「あと少しです!頑張ってください!」


 雨風の音にかき消されないように、ミノーラが叫んでいる。今回は彼女が居なければ大変なことになっていたかもしれない。感謝しなければ。


 崖沿いに歩き、なるべく風や雨の影響を受けないように進んでいくと、左手に崖が少しくぼんだような場所が現れた。


 洞窟と言えるほど深いものでは無いが、雨風を凌ぐのには十分だろう。我先に雨の掛からない場所へと入り込んだ一行は、各々の荷物を置き、三人ともが座り込んだ。


 流石と言うべきはミノーラだろうか。全身の水けを飛ばすためにブルブルと震えたかと思うと、何食わぬ顔で外の様子を伺っている。


「降ってきましたね。今日はもうここで休みましょう。」


 ミノーラから掛けられた言葉に返事をするだけの元気が他の三人には無かった。タシェルに関しては膝を抱え込んで震えているし、オルタはでかい荷物をほっぽり出した状態で大の字に寝っ転がっている。


 カリオスはというと、地面に座り込み、少しの間放心状態になっていた。だが、このままボーっとしている訳にもいかない。濡れたままの衣服は確実に良くないだろう。


 そう考え、腰のポーチからクラミウム鉱石を取り出した彼は、燃やすものが無いことに気が付く。


 仕方なく立ち上がった彼は、ミノーラの傍に行き、比較的雨の降りかかっていない場所が無いか探して見る。


 幸いなことに、洞窟の入口付近に生茂っている雑草は、外で雨に打たれている木々よりは湿っていない様子だった。それらを十分な量だけ毟り取り、小さな火種にするために先程座り込んでいた辺りに戻る。


 湿った草木に火をつけるのは聊か難しく、苦戦しながらも、何とか焚火を付けることに成功する。その様子を見ていた他の二人は、火が付いたのを確認すると、重たい体を動かして、近くに寄ってきた。


「オルタさん、カリオスさん、ミノーラ。ありがとうございました。」


 ようやく落ち着いたのか、タシェルはバツの悪そうな表情で謝罪する。


「気にするな。それよりも、早く服を乾かした方が良いな。……あぁ、えっと、着替えとかあるのか?」


「え、はい。あるにはあるんですが……。」


「お、俺たちは後ろ向いてるからよ。早めに着替えておいた方が良い。風邪をひいてしまうからな。」


 オルタはカリオスに同意を求めてくる。当然賛同したカリオスは、オルタと同じく背中を焚火に向けた。


「タシェルさん。私が二人を見張ってるので、安心してください。」


 そんな声が聞こえたかと思うと、衣擦れの音と焚火のパチパチと弾ける音が、静かに響く。ジンワリと背中に汗をかき始めたカリオスは、対照的に冷たいままの衣服に気持ち悪さを覚え、早く終われと心の中で願うのであった。

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