第54話 金髪

 シルフィの案内で、四人は無事に旧坑道から出ることが出来た。カリオス達が入って来た岩壁の横穴は、正規ルートでは無かったようで、完全に違う道を歩いたことになる。


 大男を担いだカリオスと、その横を歩くミノーラ、そして、二人の後を着いて来るタシェルの順で地上へ上がってきた彼らは、休むことなく病院へと向かって歩き続ける。シルフィのお陰で重くはないのが幸いだ。


 しかし、大量に出血している大男を担いだカリオスは、盛大に目立つわけで。街中を歩いていると、気が付けば制服を着た男たちに囲まれていた。


「失礼。お急ぎとは思われますが、事情をお聞かせ願えますかな?レディ。」


 そう言いながら一人の男がタシェルに近付いて来た。金色の、やたらとサラサラした長髪を靡かせたその男は、カリオスやミノーラを無視してタシェルに微笑みかける。


 対するタシェルは、やけに引き攣った笑みを浮かべている。


 かといって、カリオスは言葉を話せない。事情の説明はタシェルに任せるしかないだろう。


 そう考えた彼は、視界の端で動くものに気づいたが、時すでに遅し。彼女を止めることはできなかった。


「こんにちは。私ミノーラって言います。今はこの大男さんをびょういん?に連れて行ってるんです。ケガがひどいので、治してもらおうと思いまして。あ、すみません、大男さんを担いでるのがカリオスさんで。彼女はタシェルさんです。あなたの名前を聞いても良いですか?」


 饒舌に語ったかと思うと、舌を出して呼吸をし出したミノーラ。金髪の男は、タシェルとミノーラの顔を何度も見比べた後、「ハッ!」と言いながら指を鳴らし、目の前のタシェルを指差した。


「いやはや!なんと素晴らしい腹話術か!もしや精霊の技でしょうか?ぜひ詳しくお話をお聞きしたいところです。今夜とかいかがでしょう?」


 この男も一緒に病院に行った方がいいな。と真剣に考えるカリオス。もはやここまでくれば、ただ単に口説きたいだけにしか見えない。先程の場面でミノーラが何を言っていたとしても口説き文句につなげてきそうだ。


「あ、あははは。そう!そうなのです。まだまだ練習中なのですが。ほら、ミノーラ、少しの間静かにしててちょうだいね。すみません。まずは彼を病院に連れて行っても良いでしょうか?詳しいお話はその後に。」


 金髪の男のプライドは、タシェルによって守られた。そのうえ、ミノーラへの注意喚起までこなしている。俺には到底できない芸当だ。と、カリオスは素直に感心する。


 ミノーラもタシェルの意図を汲んだのか、それ以降何も言葉を発する事は無かった。まるで普通の狼に戻ったかのように耳を掻いたり、鼻先を舐めたりしている。


「それでは!このマーカスが貴女の付き添いをして差し上げよう。」


 マーカスはそういうと、タシェルの手を優しく取り、まるで一国の王子かのようにリードし始めた。


 カリオスとミノーラは顔を見合わせ、仕方なくマーカスたちに着いて行く。


 そうして歩き出したカリオスは、すぐにマーカスが引き連れてきた男たちに囲まれた。彼らは皆同じ制服を着ている。制服と言うよりは隊服と言ったほうが良いかもしれない。


 とっさに身構えようとしたカリオスだったが、その警戒は無駄に終わる。


 男たちは表情を一つも変えることなく、大男を一緒に担ぎ始めた。シルフィの力で若干軽くはなっていたが、それでもジワジワと痛みが腰に来ていたため、非常に助かる。


 一応感謝の意を表すために、近くにいた男の一人に軽く会釈をする。すると、その男は一瞬カリオスの目を見たかと思うと、小さく頷き、再び前を向いた。


 その間。表情は全く変化していない。


 なぜ表情を変えないのか気になったが、それ以上詮索するのはやめておこう。仕事中だから笑ったりしてはダメなのかもしれない……。


『それはないか……あの隊長だしな。』


 堂々たる態度で少し前を歩いているマーカスの後ろ姿を見ながら、考える。悪い男ではないのだろう。カリオスを手伝ってくれている男たちの隊長だし、女性に礼儀正しい……のかは分からないが。無礼な感じではないと思う。


 先程までカリオスの近くにいたミノーラが、スタスタと駆けて行き、マーカスとタシェルの間に入り込んだ。


 やたらと尻尾を振っているミノーラを見たマーカスは、カリオスにも聞こえる程の声を出しながら、ミノーラの喉元をワシャワシャと撫で始める。


「ミノーラ!その帽子似合っているな!買ってもらったのか?私も何か買ってあげよう!そうだな……靴下とかどうだ?足が冷えるのは体に良くないぞ?」


 満面の笑みを浮かべてミノーラとじゃれ合うマーカス。それを見たカリオスは、どことなく安心していた。


 すると、先ほど会釈を交わした男が、ふいに声を掛けてくる。


「マーカス様は良い方だ。そんなに警戒する必要はない。」


 その言葉やしぐさ、表情などに異常性は全く見当たらない。むしろ、先ほどよりも表情や雰囲気が柔らかくなっている気がする。


 似合わない微笑みを浮かべたカリオスは、再び男に対して会釈をした。最近色々あったからだろうか。彼は心底安心できている自分に気が付いた。

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