第53話 決心
状況を理解できていないままに突撃するのは、非常に危険すぎる。牢屋の中を覗き込んでいたカリオスは、改めて中の様子を観察する。
ミノーラは大男から繰り出される攻撃を避けながらも、ひたすらに声を掛け続けている。
対する大男はチョロチョロと 逃げ回るミノーラに攻撃を浴びせようと必死だ。
奥で怯えていた女性は、幾分落ち着いた様子で、ミノーラと同じく大男に対して止まるように訴えかけていた。
『ってことは、周りの男たちに襲われてたところを、この大男が助けた、ってところか?逆に、助けに入った男たちが大男の返り討ちに会ったようにも見えるんだが……。どちらにしろ、あの大男を止めないといけないわけだな。』
思考をまとめた彼は、腰のポーチからクラミウム鉱石を取り出すと、深呼吸をする。
大男はミノーラに集中しているようで、周りには注意が向いていない。カリオスと大男は体格差がありすぎるため、正面から抑えにかかっても、勝ち目はない。
残された手は、気づかれないように近付き、意識を奪うくらいだろう。目の前で閃光を引き起こせば、流石に目がくらみ、隙が生まれるのではないだろうか。
自分のやることを頭の中でシミュレーションしたカリオスは、ゆっくりと牢屋の扉へと忍び寄り、中へと入った。
その様子に気が付いたミノーラが、カリオスが大男の死角に入るように誘導してくれる。
『よし、この辺りだな。』
奇襲をかけやすい場所へ陣取ったカリオスは、タイミングを見計らって、大男の前に飛び出す。そんな彼の動きを大男の視線が捕らえるよりも早く、カリオスは両手のクラミウム鉱石を打ち付ける。
途端、強烈な閃光が弾ける。
光がスッと薄まり、辺りの状況を確認できるようになった時、大男は目をしばしばさせながら、呆然と立ち尽くしていた。
「落ち着いてください!私は味方です!助けに来ました!」
そんなミノーラの呼びかけに答えるように、大男が言葉を発する。
「……俺は……何が……」
改めて大男の様子を見たカリオスは、その凄惨な姿に思わず鳥肌が立った。
腕や脚は全体的に切り傷や裂傷が多くみられる。頭は恐らく強打したのだろう。鮮血が溢れ出してきている。一番ひどいのは右肩だった。明らかに他の裂傷よりもひどい状態で、見ているだけで思わず身を縮めてしまいそうになる。
その大けがの原因は、明らかである。カリオスは敢えて意識から外していたその大穴を、改めて凝視する。
拳二つぐらいはある厚みの牢屋の壁に、この大男が開けたと思われる穴が、いびつに開いていた。
しかも、その穴は隣の牢屋にも開いていて、崩れたがれきや崩れかけの壁に何者かの血痕が見られる。その何者かが誰なのかは、一目瞭然だ。
こんな大穴を開けた後に、これほどの人数を叩きのめし、その後、ミノーラにも攻撃を与えようとしていたのか。なぜ未だに立っているのか不思議でしかない。
「私はミノーラです。とにかく、一旦座って下さい!傷がひどいので!」
ミノーラの言葉に応じたわけでは無いだろうが、大男は膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れ込んでしまった。
慌てて安否を確認するが、意識を失ったようだ。ただ、呼吸はしているため、まだ死んでしまったわけでは無い。もちろん、このまま放置してしまっては、命が危ないだろう。
「カリオスさん!ケガがひどいのでどこかで治療しましょう!カリオスさんは治療できますか?」
『できるわけないだろ?まぁ、ミノーラは知らないよな。この街の医者に診てもらうしかないな。となると……』
心の中で呟いた彼は、そのまま牢屋の奥に座り込んでいる女性へと目を向ける。動揺している様子のその女性は、すぐにカリオスの視線に気が付くと、意味を察したようで、口を開いた。
「あ、えっと。はい。街の病院に案内します。ただ、今ここがどこか分かっていないので、取り敢えず地上に出ないと何とも……シルフィ、道案内頼める?」
いつからいたのか、女性のすぐそばに先程の風の精霊がいる。どうやらシルフィと呼ばれているらしい。そんなシルフィはまるで肯定するかのように宙を一回転すると、牢屋の入口の方へと移動した。どうやら、案内は任せていいみたいだ。
「あとは、この大男さんをどうやって連れていくかですね……。それと、隣の牢屋にも人がいるみたいです。どうしましょうか。えっと……あ、私はミノーラって言います。この人はカリオスさんです。ちょっと訳があって話せないんです。名前を聞いてもいいですか?」
「あ、すみません。私はタシェルと言います。この男の人の名前は知らないです。たぶん、私と同じように捕まってたみたいですけど。……こんな時にすみません。ミノーラさんは……その……狼なんですか?」
「そうなんですよ。私にもいろいろありまして。その話は地上に出てから話しましょう。カリオスさん。運べそうですか?」
当たり前のように聞いてくるミノーラ。確かに、メスの狼と女性一人、そしてカリオスしかいない現状で、この大男を運べるのは彼しかいないだろう。
ただ、流石に難しそうだ。何か紐のようなものがあれば、もう少し運びやすくなるのだが。そんなことを考えているカリオスの視界に、風の精霊が入って来た。
『あ、浮かしてもらえればいいのでは?』
先程崖から飛び降りた時に滑空できたくらいなのだ。このくらい簡単だろう。そんな期待を込めて、シルフィを指さしてみる。
「あぁ!確かにですね。シルフィ!この人を少しだけ浮かせてくれる?」
タシェルが思い出したかのように告げると、大男の全身が少しだけ地面から浮いた。その状態の男を背負う形でカリオスが運ぶことにする。
「……他の方は、後で治安維持局に任せましょう。今は、急いでここから脱出した方が良いと思います。」
牢屋を出るときに、他の人を気にしている様子だったミノーラにタシェルが告げる。
「そうですね。まずはここを出ましょう。」
そう告げながらも、若干の焦りを滲ませるミノーラ。そんな彼女の心情が、カリオスには手に取るように分かった。
きっと、救えなかった人々のことを思い出しているのだろう。そして、次こそは救おうと、決心しているのだ。この時、カリオスは生まれて初めて正義感という物を感じたのかもしれない。
それが、罪悪感や嫌悪感からくるものなのだとしても。何かに駆り立てられるように、彼は一歩一歩を踏みしめた。
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