第20話 謝辞

「あなたとは沢山お話をしてみたいと思っていましたの」


 対面でそう口を開いたのは、親様おやさまだ。カリオスの件で少し神経を逆なでされてしまったが、今はだいぶ落ち着いている。


「はい、私もです。えっと……親様で良いでしょうか?」


 先程まで居た小屋のある広場から枝の道を上り、少し歩いたところに二人はいた。


 枝垂しだれた植物で目隠しされた狭い空間に、二人きりである。


 当然、周囲から見られることも無い。


「うふふ……わたくしの事はパトラとお呼びください。ミノーラ様」


「わかりました。パトラ様」


 目の前で足を折って座り込んだパトラは、自身の片翼かたよくを広げ、くちばしで手入れを始める。


 丸く曲がっている嘴とは思えないほど器用に、羽毛うもうを整えている。


「……それで、ミノーラ様はここへ何をしに来たのでしょうか? ここで今何が起きているかご存じなのでしょう?」


「いえ、正直なところ、私はここで何が起きているのか全く知らないのです。王都でサーナ様にミスルトゥに行くように言われまして。カリオスさんと一緒に来たんですが……」


 ですが。の後、彼女はどのように言葉を続けたらいいか分からなかった。


 と言うのも、伝令の持っていた手紙に書かれていた内容を、完璧に理解できているかと言われると、そうでも無いからだ。


「どうしたのですか?続けてください」


 だから、彼女は自身が体験した内容を、正直に説明することにした。


「はい、ここに到着する直前なんですが“影の精”に取りつかれている兵士さんと会いまして。手紙を持っていたんです。そこには……確か、女王の逆鱗げきりん? とかいう事が書いてありました。そういえば、すぐに戦闘が始まるとトリーヌさんが言ってましたけど、大丈夫なのですか?」


「……伝令が。それで、その影の精とやらはどうされたのですか?」


 先程まで熱心に行っていた翼の手入れを止め、食い気味にミノーラの話に耳を傾けるパトラ。その様子に少し違和感を覚えながらも、彼女は話を続けた。


「はい、どうやったのかあまり詳しくは知らないのですが、カリオスさんが消してしまいました」


「消した……? 影の精を?」


 そう呟くパトラの顔には少しの焦りとショックがにじんでいるように見て取れる。しかし、そんなことは意に介さないとばかりにミノーラは話を続ける。


「おかげで助かりました。彼が居なかったら、私はもう生きていなかったかもしれないのですから」


「……そうですね。ミノーラ様ありがとうございます。いろいろな情報を頂けました」


 パトラはそう言うと、ゆるりと立ち上がり、ミノーラの横へと歩み寄ってくる。


 特に警戒もせずに座ったままのミノーラ、そんな彼女に覆いかぶさるように翼を広げたパトラは、そのまま彼女を包みこんだ。


「え!? パトラ様!? 何を?」


 そう声を上げたミノーラは翼で包みこまれているため、パトラの顔色が急速に悪化したことに気が付いていない。


「あ、あなた! ミノーラ! これは! これはどういう!」


 先程までの優雅ゆうがな口調と打って変わり、荒い口調でミノーラを詰問するパトラ。しかし、ミノーラには何の心当たりも無い。


 少しずつ力が抜けていくのか、翼をミノーラの首元に添えたままへたり込んでいくパトラの様子を、ミノーラはただ見つめることしかできない。


「その首輪……そういう……こと……ね……」


 パトラは意識を失う間際まぎわ、そう小さく呟いた。しかし、いくら小さな声でつぶやいたとしても、ミノーラに聞き取れないわけがない。


「パトラさん!? この首輪? どういう事ですか? 大丈夫ですか?」


 とはいえ、聞き取れたところで考察するほど冷静ではないのだが。


 とにかく意識を取り戻そうと、必死にパトラの顔を舐める。くちばしも、羽毛も、彼女の唾液だえきでべとべとになってしまうが、それどころではない。


 彼女のその行動が功を奏したのか、パトラが小さくうなり、目をうっすらと開けた。


「……あなたは?」


「パトラさん! 良かった! 無事だったんですね?」


 床に横たわった状態のパトラは体を起こし、何度か翼を羽ばたかせる。そうして、何らかの違和感に気づいたのか、自身の体を隅々すみずみまで確認し、ミノーラへと視線を移した。


「あなたがやったのですか?」


「え? 何の話ですか?」


 ミノーラには本当に心当たりがないのだが、パトラはいぶかしむように彼女の様子をうかがってくる。


 そうして、首輪に注目するのに時間はかからなかった。


「その首輪は?」


「これですか? サーナ様からもらったものです。なにやらエネルギーを吸収できるとか言ってましたけど……。良くわからないです」


 ミノーラがそう言うと、パトラは翼を大きく広げ、体の前で交差させた。少し前にトリーヌがやっていたしぐさと同じである。


「影の精によって操られていたわたくしをお救い頂き、誠に感謝いたします」


 そう謝辞しゃじを述べながら頭を下げ、スッと上げられたパトラの顔を見て、ミノーラは一人で反省する。


 もう少し唾液が付かないように舐めるべきだったと。

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