第6話 名前

 拒否きょひすると殺される取引に、応じない者などいるのだろうか。それは至極当然しごくとうぜんの考え方であって、なにも疑問を抱くようなものではない。


 きっと、そうなのだと思いたいのだが、サーナの真剣な眼差まなざしはどことなく違和感いわかんを覚える。


 まるで、ことわる者がいることを知っているかのような、そんな目だ。


「およ? なにかしら反応して欲しいんだけどなぁ。もしかして、取引の意味が分からないとかですか?」


「取引は……一応分かっているつもりです。それに、拒否権が無いこともなんとなくは……」


「いやいやいやいや、アタシは拒否権が無いとは言っていないさ。拒否をしても良いと、アタシは思ってるよ。ただ、拒否をした場合、生きる権利を失うわけだ。有体ありていに言えば、脅し文句ってやつだねぇ。それに……」


 全くフォローするつもりのない言葉を並べるサーナは、続けてニヤリと顔を崩すと、小さな声でつぶやき始めた。


「この取引はあなたにとっても非常にメリットのある取引だよぉ? だけど、内容を教える前に、応じるか拒否するか聞かなくちゃいけないんだ。ややこしいよねぇ? いやらしいよねぇ? ところが残念! それがアタシなんだよねぇ!」


 一息で、かつ早口で言い放ったサーナは続けざまにこたえを催促さいそくする。当然、拒否するわけもなく、取引に応じることにした。


「わかりました」


「ほい、言質取ったからね! それじゃあ、細かい話をするために、アタシの部屋に向かおうか!」


 矢継やつばやに話が進んでいくため、次第に頭が混乱し始めている。だからこそ、するべきことを明確にしてしまうのはある意味正解かもしれない。


 彼女は自分を納得させるために、そう考えることにした。彼女が持っている知識や経験がここで通用するとは思えない。それならば、不本意であれどここの人間たちに従うことが最善だと思える。


「あ、そうそうそうでした、アタシとしたことが完全に忘れかけていました。だけど、欠けることはなかったので大丈夫ですよ? あなたに名前を付けましょう! 喋りながら色々と考えていたのですが、なかなかどうして素晴らしい名前を思いついたんです! ミノーラなんてどうでしょう!?」


「…ミノーラ?」


 彼女はサーナの言った名前を頭の中で反芻はんすうしてみる。


「ミノーラ。…はい、気に入りました。私はこれからミノーラと名乗ります」


 そんな話をしながら、ミノーラとサーナは食堂を後にした。


 硬く平らな道を歩く間、ミノーラは何度も自分に付けられた名前を頭の中で繰り返し呟いていた。自然と尻尾をげ、左右に振ってしまう。


「ずいぶんとごきげんなようですねぇ?」


「それはもう、名前を付けてもらえるなんて思ってもなかったので! 少し吠えてもいいですか? なんだか空に向かって吠えたい気分なんです」


「ほほぉ? 空に向かって吠えると気分がよさそうですねぇ! 細かい話なんて置いといて、今すぐ吠えに行きぶぇ……」


 ミノーラの誘いに乗ったサーナが今にも駆け出そうとしたとき、二人の背後から現れた何者かが、サーナの動きを封じた。


 小さなサーナの体をギュッと抱きしめたその女性は、サーナを抱きしめたままミノーラへと会釈えしゃくをする。


 女性らしい魅力のある体つきをした彼女はサーナをいとおしそうに抱きしめ、少し頬を赤らめている。しかし、彼女の始めた自己紹介は非常に淡々とした口調だった。


「初めまして、サチと言います。取り敢えず話を進めたいと思いますので、こちらの部屋へ入ってください」


 そう言うと、サチはサーナを抱えたまま近くの部屋へと入って行った。


 ミノーラは先程までみなぎっていた吠えたい願望が一気に下がっていったのを感じ、また今度で良いかと考え直してから部屋の中へと続くのであった。

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