マナリウム ~私、狼だけど神様を目指しても良いでしょうか?~
内村一樹
第1章 狼と男
第1話 襲撃
風が無い。
それは、彼女の疑問を的確に言葉にしている。
「……不思議な日もあるもんです」
誰に語り掛けるわけでもなく、彼女はそう口にした。
そんな穏やかな口調とは
もっと美しく走ることが出来れば、と彼女は尊敬する女性を思い浮かべ、独白する。
ピンと突き立った耳に、全てを
それら全てが彼女の
「集中しましょう」
思考が現状から遠く離れ始めていることに気が付いた彼女は、自身を引き戻す。
無風の森の中を風になって、彼女は走る。
目的地はあと少しだ。
少し先に木々の切れ目を見つけた彼女は、自身の位置を正確に把握し、さらに加速する。
そうして、広場へと飛び出した彼女は、瞬間的に視界へと飛び込んできた小さな影に向かって飛び掛かる。
彼女とほぼ同時に広場へと飛び込んできた小さなウサギ。ウサギからすれば、茂みから広場へと飛び出した
彼女は動かなくなったウサギを
しばらくすると、よく見知った女性が歩いてきた。
「やったぁ! 何とかなったね! 姉さん!」
茂みから姿を現した彼女の妹は、すぐさま姉の視線に若干の怒りを見つける。
「どうしたの? 姉さん」
「誰のせいでこんなに走ったと思っているの?」
「だ、だってー、あたし虫は無理なんだもん!」
そんなやり取りをしながら、彼女は先程の光景を思い出す。
茂みの中に身を
当然、
「そんなことじゃ、ハシェも
「そんなぁ、意地悪言わないでよぉ」
そんな軽口をたたきながら、二人は広場を後にしようとする。
しかし、妹が何かに気づき、それを姉に報告する。
「姉さん。あれ……」
鼻先で示されたほうを見ると、何やら
周囲への警戒をしながら焚火へと近づく。
「人間…でしょうか。まだ少し温かいですね」
「すぐに婆ちゃんに
妹の提案を肯定し、すぐさま走り出そうとする二人。
しかし、少しばかり遅かったことを二人は悟る。
ウォーーーーーン
森の奥から警戒を報せる声が響いたのだ。
「婆ちゃん!!」
それを聞いた瞬間、妹が必死の形相で走り出した。それを追うように、彼女も駆け出す。
森を走っている間に咥えていたウサギがどこかへ行ってしまったが、そんなことにかまけている時間はない。
すぐにでも皆のもとへと向かわなければいけない。
逸る心に体も全力で応える。まさに、全身全霊だ。
寝床に近づくにつれて、彼女は何かがおかしいことに気が付く。
風が無い。
それは、先ほども感じた違和感。
それが何を意味するのか彼女には分からないが、明らかに自然の現象ではないと彼女の直感が言っている。
自然ではないというのであれば、それは何なのだろうか。
ふと過った疑問を、彼女は考えることが出来なかった。
森の中の寝床が視界に入り、安堵できるものと思っていた。ところが、それは思いも拠らない光景によって砕かれる。
「婆ちゃん!!」
先を走っていた妹が、叫びながら加速する。
その先には人間と対峙する一人の女性がいた。妹が婆ちゃんと読んでいる女性だ。周囲には大勢の仲間が倒れており、彼らを庇うように、祖母が人間と睨み合っている。
こちらに気が付いた祖母は、何も言わず再び人間へと目を向ける。
その目は今までに見たことのないほど激高した様子だった。
「あんたたちは逃げな!」
その言葉が何を意味しているのか、考えずとも彼女は理解した。
ここに倒れている二十を超える仲間は、この一人の人間によって倒されたのだと。
そこで初めて、彼女はその人間を見た。
恐らく、妹もそのことに気が付いたのだろう。祖母が叫んだのを聞き、人間へと飛び掛かるのをやめた。
代わりに、
その人間はというと、値踏みするように彼女達を見ている。
すると、その人間は彼女達に話しかけてきた。
「申し訳ないが、僕のために死んでくれないだろうか」
しかし、それ以上に驚きを隠せない事実に直面した。
なぜ、意思の
人間と私達が意思を通わせることなど不可能なのに、なぜこの人間の言葉を、私達は理解することが出来るのだろうか。
非常に単純で大きな疑問である。
しかし、そのような疑問にこの人間が答えてくれるわけもなく、また、時間もそれを許さなかった。
「ふざけないで!!」
しびれを切らせたのか、飛び出していく妹。
後ろ足で地面を蹴り、ほんの一瞬で人間との距離を詰める。そうして、喉元へと食らいつこうと跳躍したところで……。
自身の視界が激しく揺れた。
四肢や頭を強制的に揺らされている感覚。気が付けば、体を支えることも
嫌な予感。
無表情で妹をつかみ上げた人間は、空いた手に何かを持ち、それを妹へと当てる。それが何を意味しているのか、分からない。
「これくらいで良いだろうか」
人間はそういうと、こちらへと目を向ける。
途端、祖母が人間を背後より襲った。
人間は祖母の攻撃に驚異的な速度で反応し、腕で顎による攻撃をガードする。当然、腕に食らいついた祖母は、骨を砕かんと必死になっている。
もしかすれば、このタイミングで腕から離れていれば、祖母は助かったかもしれない。
腕に食らいついたままの祖母に対し、人間は先程と同じように何かを当てた。
途端、祖母の
まるで、命が落ちた音が響く。
そして、私は理解する。
この人間と戦っても勝ち目はないと。
しかし、依然として体は動かず、視界もぼやけたままだ。
仮に走れたとしても、すぐさま追いつかれるのが関の山だろう。
ここで死ぬのだ。
他の仲間と同様に。
意味も分からぬまま死ぬのだ。
そう思いながら意識を失った。
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