<罪人の証>
@leifa_sayuki
<罪人の証>
「足、塗るから。」
しどけない格好でまどろんでいた彼女の足を引っ張って、膝から下をベッドから垂らす。その前に座りこんで、今日買って来た袋を開けると、色の詰まった小瓶を取り出した。
蝉時雨。朝からカンカン日照の中、電車に乗ってわざわざ都心まで来て、買物してメシ食ったらあとはずっとホテルの中。抱き合ってのびて、その繰り返し。
何度目だその繰り返し。
封を切り蓋を開けると、きついシンナーの匂いが鼻に刺さった。軽く混ぜて刷毛をそっと持ち上げると、すでに綺麗なネイルアートを施されたつま先に黙って塗っていく。夏らしくオレンジ色を主にした可愛らしい爪を隠すように塗りつぶしていく。
「これ、落とすなよ。上から塗るのも駄目だ。」
「でもそのうち上が剥げてきたら、このままじゃおかしいわ。」
「次に会ったときに、俺が落として、また塗る。早く会わないとどんどんおかしくなってくよ。」
足の裏を支えて、その爪に慎重に色を塗っていく。
俺が選んだ。サーモンピンク。軽薄な色。
「体にアト残すの、嫌がるだろ。」
「…困るもの。」
「だから。」
小指の一番小さな爪にも、はみ出さず綺麗に色を落とすことができた。
それからバスルームから洗面器に水を張ったやつを持ってきて、塗ったばかりのつま先をそこに浸けた。彼女は水に浸けた途端一瞬その足が反っただけで、あとはされるがままだ。
「…夏の間、外ではサンダル履きで、家の中でも素足でいることが多いだろ。」
「?」
「だから。他の人間にはただのペディキュアだ。けどあんたは知ってる。これは俺が、俺とあんたが会ったときにだけ付ける『情事の証』だ。あんたはそれを、人目に晒して歩くんだよ。」
傑作だろ?そう言いながら、形だけでも笑えば良かったのかもしれない。口の端をほんの少し上げて。そうすれば彼女も悪戯っ子のような笑みを浮かべてくれただろう。
でもできなかったから、表情の無い顔で見詰めることしかできなかったから、彼女は哀しそうな顔で俺を見詰め返した。
水から足をそっと持ち上げた。冷すとすぐに乾くその塗料の上で、所々水の玉が弾かれて光っている。
軽薄な証。けれど俺はこれからずっと、瞼の裏のそれに縋って日々を過ごすのだ。
「なぁ、俺はどうしたら、あんたを手に入れることができるんだ?」
そう吐き出してつま先から膝裏に舌を這わせると、されるがままの彼女は手で顔を覆いながら、黙って体を仰け反らせた。
<罪人の証> @leifa_sayuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます