第2話 尋問と変貌と設定

 休日明け、登校した途端いきなり後ろから肩を掴まれた。


「柏原、ちょっと面貸せや」


「……ははっ」


 この教師とは思えない言動に俺は身震いした。そして休日明け早々呼び出しか……なんかこの先、嫌な予感しかしないなぁ。




「おい、柏原。お前、何で呼ばれたのかわかってるよなあ?」


「い、いえさっぱりわかりませんよ住吉先生。素行不良な態度も取らない、クラスでは至って真面目である、言わば高校生の鏡のような俺が教師の皆様方に迷惑になるような事をするわけが……」


 俺は何故か学校の休憩室で尋問を受けていた。いや、不本意すぎてマジ意味わかんねぇ。


「ふむ、あくまで黙認を貫くか……柏原、お前覚悟は決まってるか? それに、お前みたいな他人との接触を阻む奴を、高校生の鏡だとは言わん」


「高校生だからといって黙秘権くらいありますよ! それでも僕はやってな……」


「自分が免罪だとでも言いたいのか柏原ァ!?」


「ひいいいいいいい! 言います言いますだからごめんなさあああああああああい!」


 この一昔前のヤクザの用な取り調べをしているのが、我が1-1担任の住吉すみよし冬歌とうかだ。見た目こそ長いポニーテールを下げた美人なのだが、その実態はとんでも無く恐ろしい。


 何せ、我が詩島高校に大きな虐めや問題が起きないのは、住吉冬歌が問題児共を駆逐しているから、とかいう噂がたてられるくらいヤバいのだ。他にもかつてヤクザの総長だったとか、熊とタイマンしたら熊の骨が骨折してたとか、銀行強盗相手に無双しまくって感謝状貰った等、この人にはとにかく色々な伝説がある。何この人、神様からチートボーナスでも貰ってるの?


「まあ、要件を言おう。柏原、お前桃ヶ池に何かしたのか?」


「桃ヶ池? 桃ヶ池桃華と俺は喋った事と無いし何の関わりもありませんよ?」


「ふむ、まあ実際に会って貰った方が早いか。おい桃ヶ池、入れ」


 住吉先生が呼ぶと奥の扉から桃ヶ池桃華? らしい人が現れた。何故らしいかと言うと、彼女の風貌に原因がある。制服こそ着てるもののショートのピンク髪、チョーカー、フード付きの上着、そして短めのスカート、と以前の彼女とはまるで別人のような姿をしていたからだ。でも何故だろう。この人なんか前に会ったことあるような?


「先生、冗談が上手いっすね。桃ヶ池は黒髪ロングでしかも清楚な印象、というスーパー真面目な女子生徒じゃないですか」


「ほう、お前が桃ヶ池にそんな印象を抱いていたとは驚きだな。だがこいつは正真正銘、桃ヶ池桃華だぞ?」


「は?」


「私も最初見たときは驚いてな……まあ詳細は彼女から聞け」


「先生よりお預かりしましたぁ……ボクが元清楚で黒髪ロングな桃ヶ池桃華当人です♡」


 舌をペロッと出しながら桃ヶ池がこちらにすり寄ってきた。マジかよ……あのクラスで全然喋らない桃ヶ池桃華にこんな裏人格があったとは。人の裏ってのは見るもんじゃねえな。


「もしかして昨日、家に来た……?」


「ご名答~、改めて挨拶するね。元清楚な桃ヶ池桃華です。宜しく、主様♡」


「……主様って俺の事?」


「そうですよ? ボクは主様が書き記した設定通り行動してるだけ……それ以外に理由なんて何も無いよ?」


「主様……設定……!」


 思い……出した! 確か懸賞に応募する時『あなたが思い描く理想の彼女像』って空白があった。その項目に、昔の書いてた小説のキャラ設定をいくつかぶち込んだんだった!


「えっと……その設定ってどんなのがあったのか、答えてもらってもよろしいですか?」


「もちろん大丈夫だよ。えっと、恋人の事を主様と呼ぶ事とかー、ボクがコスプレ好きだとかー、あとあと、世界で一番主様の事が大好きって事だとか……」


「やめて、うん、俺が悪かった。なぁ、その辺に……」


「ボクはドMで淫乱の変態クソビッ……」


「やめてくれよおおおおおおおおおおおおお! 俺が悪かったからさあああああああああ!」


 何てことだ、俺がかつて生み出した設定がこんな所で流出してしまうとは! まさかこいつ、俺の弱みを握って弄ぼうって魂胆か?


「あー安心してよ。別にボクは君を虐めたい訳じゃないから」


「え? そなの?」


「だってボクは主様の彼女だよ? そんな酷い事はしない」


「マジ……?」


 意外にも好意的だった。そういえばこいつは俺の彼女だった。確か設定も理想の彼女とやらに従っているだけのようだしこれはもしや……


「じゃ、じゃあ本当に俺の事……」


「んー、それはどうかなー? でも、今の所は好意的に接するから安心して。それに」


 桃ヶ池が更にこちらにすり寄ってくる。近い近い、なんかうなじとか目に入るじゃん。


「絶対に主様の事、裏切らないって書いてたしね」


 そう答えた桃ヶ池は、優しく微笑んでいた。裏切らない……か。口で言うのは簡単な安い言葉。それを昔から散々味わってきた。でも何故だろう。桃ヶ池が言うと、何故か本当に裏切らない気がする。心なしか安心している自分がいた。


「……そっか、ならいいけど」


「素直じゃないですねー。まあそんな所も可愛くて好きですよ?」


「それも設定か? お前が言うと本心なのかわかんねぇな」


「酷い事言いますねー。四六時中誉めろ、なんて設定は存在してませんよ?」


「ははっ、なんだそれ」


「にゃは♡」


 あって間もない俺と桃ヶ池。しかしそこには自然(?)と会話している男女の姿がいた。なんだ、不安な事なんて何も無いじゃないか。心配して損した気分だ。


「隠キャの癖に、変な甘々空間作りやがって。そんなに見せつけたいか?」


「……やっべ」


 住吉先生の事、放置してるの忘れてたわ。なんかギリギリと拳握ってる音してるしかなりマズい。しかも住吉先生、こんな噂立てられてるからか彼氏出来た事ないって愚痴ってたような……


「覚悟しとけよ? まだ尋問は終わって無いからな?」


 尋問って遂に本人が言っちゃったよ。こりゃ穏便に事を進めるのはもう無理だな。殴られない事を祈りつつ、住吉先生の尋問が再開した。

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