無頼な男と記録者と

朝凪 凜

第1話

 都市間列車で本を見ている少女。年の頃は12か13かといったところ。向かいに座っているのは無愛想な男。身だしなみも頓着していないからか、20にも30にも見える。

 周りは荒野が広がり、人はほとんどいない。寒くそして晴れているため遠くまでよく見える。


「何をしているんだ?」

 男が少女に訊ねる。別に興味があるわけではなく、ただ手持ち無沙汰だったのでとりあえず訊いたというところだ。

「今まで付けた記録を見て、これまでの記録を付けています。いつどこで何をしたかをしっかり記録しなければなりませんので」

 つっけんどんに返されるも、男はどこ吹く風だ。これまでのことを考えれば致し方ない。少女は一人でいるところをこの男が保護した。そして紆余曲折ありこうして付いてきているというわけだ。

「この列車に乗るのも、もっと穏便にできなかったのですか? なぜ自分から無意味な危険を冒すのですか」

「無意味なとはひどいな。最短の手段を採ったまでだ」

 少女は手にしたペンで本に書いていく。本というよりは日記のようなものだろうか。それに黒鳥のような黒い羽の付いたペンが紙面を泳いでいく。

「それで私もこんな被害を被ったということを忘れないでください」

 よく見ると少女の頬に煤のような跡がある。それどころか服も埃まみれだ。

「それは仕方ない。そもそも俺らがこの街へ入った時からある程度分かっていたことだ」

 男の方も埃まみれだが、さらに服には小傷が絶えず、手や顔も創傷ばかりだ。

「多少列車の代金が高くてもそのまま飲んでしまえば良かったではないですか。余所者な私たちは乗せてもらえるだけでも良しとするべきです」

 この街の者は余所から来た人をカモだと思っていた節があった。列車代はぼったくりとも思えるほど法外な金額を提示し、嫌なら移動中奴隷として働いてもらう。という条件を出してきたのだ。

「多少どころじゃなかったし、そんな金は持ち合わせていない。更に言うなら移動中は寝ていたい」

「……はぁ。困った人です。これでまた罪が増えましたよ。傷害罪と無差別に発砲した不要発砲罪です」

 不要発砲罪とは、不要不急の銃の使用は禁じられている。威嚇射撃などの発砲は罪となるのだ。自己防衛のために使用を許可されたものである。

「そうは言ってもあのままだと殺されていたかもしれない。正当防衛だ」

「過剰防衛です。更に言うとあなたからけしかけたので防衛にもなりません。ただの加害者です」

 少女はこの男の罪を記録し、届け出るために仕方なく旅をしてるのである。目的地は首都の法務局へ男を突き出すことだ。男の方は別の目的で首都へ向かっているので、少女を保護するのに丁度良かったというわけだ。

「まあそれでもゆっくりできたのは良かっただろ。まさか力仕事をしたかったわけじゃないよな」

「この件も全て記録しましたので、後で泣いて許しを請っても遅いですからね」

 この少女の書いた本は、目の前で犯罪を犯した者を断罪するための大事な証拠だ。本が盾だとすると黒ペンはいわば正義を貫くための剣と言える。

「あらら、また犯罪者扱いか。俺はそういうのじゃないし、首都で為さなければならないからこうして一緒にいるんだ。前にも話したあの為政者はかつての兄で、この国をまずい方向へ舵を切ろうとしているんだ」

「またその話ですか。あなたのその根拠のない空想を聞くのは飽きました」

 少女は、男の過去を空想と断言する。あまりにも突飛な内容なのだ。冷静に判断を行うこの少女なら尚更目に見えない事柄を信じようとは思わないだろう。男は特に気を悪くした様子もなく、外を眺めた。いつの間にか大河を渡っていたため、特に見る物もなく、横になった。

「ともかく俺は休むために努力をした。休ませてくれ」

 足を横に投げ手をひらひらと振って目を瞑った。

「全く。そっちから話しかけてきたのに勝手な人」

 ただただ憤慨して、それでも損しかしないとわかっている少女はすぐに中断していた本へ記録する作業へ戻っていった。


「おーい、そろそろ起きろ。もう少ししたら到着だ」

 はっと顔を上げると男が準備を終えて立っていた。いつの間にか寝ていたらしい。

 物心ついた頃にはすでに手にしていたペンを眺め、おもむろに仕舞った。まだ頭が寝ているらしかった。昔のことを思い出し、振り払った。少女が過去を振り返るのはこの男を引き渡してからと決めているのだ。

「どうも」

 外を見やると一雨来そうな薄暗さだ。

「着いたらさっさと宿を探さないとやばそうだな」

 外套を取り出し、羽織る少女。もうすぐ日も暮れる。これから寒くなっていくのだ。

 そうしてまた旅が続いて行く。

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