隣のコート掛け
カゲトモ
1ページ
「あの」
「はい、いかがなさいました?」
一杯目にボストン・クーラーをオーダーした男性が声を掛けてきた。半分ほど残っているグラスを手のうちで遊ばせている。初めて見る顔だ。
「凄く、美味しいです」
「ふふ、ありがとうございます」
少し照れた風に言う姿を見て思う、この人は良い人だ。うん、きっとそうに違いない。
「俺、バーはほとんど入ったことなくて」
「おや、そうなんですか?」
と言いつつも、やっぱりそうなのかと納得。オーダーはスマートだったけれど、何処か照れがあるのと、なんだかソワソワしていたから。まだ若いし、別に変なことじゃない。これから場数を踏めばいいだけの話だ。出来れば、俺の店で。
「こんなに素敵なお店だったなんて」
おいおい凄く褒めてくれるじゃないか。この人は素直で良い子だ。
「ありがとうございます」
いつでも来てくれたまえよ、青年!
「さすがヤマギシさんだなぁ」
ん? え、今なんて?
続いた言葉に知っている名前があって一瞬固まる。まさか本当に知り合いだったのか? ヤマギシさんは知らないって顔してたけど?
少し前、男性が来店したと同時に常連であるヤマギシさんが席を立っていた。隣に案内した男性が立ち上がったヤマギシさんに挨拶をして、彼女は戸惑いがちに返していたのだ。しかも去り際に『どっかで会ったっけ?』と残して。人の顔と名前を覚えるのが苦手な彼女の事だ、実は知り合いだったってパターンもありえなくない。
「さっき帰って行った人、取引先の方なんです」
「そうなんですか」
その取引相手、君の事知らないって言ってたけど?
「実は、ヤマギシさんがこちらへ向かわれたって聞いて、あわよくばって思ったんですけど」
あわよくば一緒に飲めたらなって? 健気か。
「入れ違いになってしまいました。残念です」
男性は眉根を寄せて微笑む。困った時の犬みたいな、そんな可愛い表情だ。
「では、今度お誘いになってみては?」
「え、俺からですか」
君から行かないでどーすんの。ヤマギシさんは君の存在すら知らない可能性あるんだぜ? だたの取引先の人Bくらいの存在なんだぜ?
「うわぁ、どうしよう」
って、なんで本気で困った風に言うの。男なら当たって砕けろ精神で、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます