─幻想─
──ねえ、俺って君にとってどんな存在だったのかな?
突然、そんな声が聞こえたような気がした。
目を開けると、そこは見覚えのないところだった。
「ねえ、ここはどこなの!」
私はそう叫んだ。でも返答は返って来ない。
……ここは、どこなのだろうか。誰か答えてくれないだろうか。
でも、いくら待っても返答は返って来ない。
だから、私は意識が消える前までの記憶を遡ってみた。
……確か、私は彼がいるであろう病院に行ったはずだ。でも、そこには彼がいなくて、病院の前で蹲っているところにお父さんが来て、彼のことを探してくれると言われたから、1人でとぼとぼと帰って、玄関を開けたらお母さんが私のことを抱き締めてくれて……………………そこからはよく覚えていないというということは、そこで私の意識はなくなったのだろう。
「…………………………………………」
『ここがどこかって?』
急にそんな声が聞こえた。
でも辺りを見渡しても声の主がいない。
私の聞き間違いだろうか………でも、確かに聞いたはずなんだ。ここがどこかって?ていう声を。
「ねえ、あなたはどこにいるの!」
『ボクがどこにいるか?ボクはどこにもいないよ。それがヒントかな。もし、君がボクのことを見つけることができたら、ここがどこかってことと、いい夢を見せてあげるよ』
どこにもいないっていうのがヒントなのに、どうやって見つけろって言うのよ。
私は地面に座ってしまった。
『座っていいかな?ボクが誰かってことも、ここがどこかも、それに夢だって見せてあげれないんだけどなー』
「………………………」
『黙っていてもなにも始まらないよ?』
「………………………………」
『じゃあ、先に夢を見せてあげるよ。君にとって良いものだと思うよ』
「…………………………………………」
『じゃあ、夢の世界に行っておいで!』
*
目を開けると、そこは、お母さんの胸の中でもさっきのところとも違う景色が広がっていた。
でも、さっきとは大きく変わっていることがある。
それは、
それも、ついさっきも見た気がするのだ。
大きい病院があり、そして周りには緑がいっぱいに広がっている。
そこで、私は思い当たるのだった。
…………ここは、さっきまで私がいた病院の前だと。
私はそう分かった途端に走り出した。
何故今こうして自分がいるのかなんていうことが分からないままに。
彼が、中島敦君がいるかもしれない。
そう思うと、自分がいる理由なんてどうでもよかった。
そして、私は看護師さんに中島敦君はいますか?と。そう聞いた。
看護師さんは、いますよと言った。
私はそれを聞いた瞬間とても嬉しくなり、今すぐ会いたいと思い、病院の階段を掛け上がっていた。
そして、彼がいる病室の前まで来た。
「入ります………」
彼はもう死んでいるかもしれない、その不安があって、だから扉を開けたらそこには、目を閉じた彼がいるじゃないかって、でも彼は生きていた。
そこで、私の涙腺は崩壊した。
涙が瞳から頬を伝わる。
手で何回も、拭っても、拭っても涙は止まらない。
そんな私を見て彼は慌てていた。
「……べ、別に慌てることはないと思うけどなー」
「あ、慌ててなんかないけど、唯、驚いただけだし!」
彼は手をわちゃわちゃ動かしながらそう言ってきた。
その姿がもの凄く、可笑しくて私は思わずクスリと笑ってしまった。
「な、なんで笑う!」
「いや、ちょっと、可笑しかったから……」
彼の病室の窓の側には、一輪の綺麗な花が添えてあった。
「ねえー、あの花の名前はなんて言うの?」
「あの花の名前は………俺もよく知らないんだよね」
「そっか。わからないか………でも、綺麗だね」
「ああ、綺麗」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
「ねえ、俺さ、実はあと2日なんだよね」
彼はなにがあと2日だとは言わなかった。
でも、彼の命があと2日だって言うことはすぐ分かった。
「そうなんだ…………」
私は、結局なにも出来ずに終わるのかな?
「だからさ、俺してみたいことがあるんだ」
「してみたいこと?」
「そう」
彼はやんちゃな笑顔を浮かべながらそう言った。
「なにをしたいの?」
「俺、キスをしてみたいんだよね」
………今彼はなんと言ったのだろうか。
キスと言ったように私には聞こえた。でも、そんなはずがない。だって、彼だってキスがしたいがためだけに、好きでもない女の子にそんなことを言うはずがないのだから。
だから私は聞き返した。
「今なんて言った?」
と。そうすると彼は少し頬を赤くして恥ずかしそうに
「キスがしたいって言った」
と言った。
「…き、キスをしたいの?私と?」
「そう」
「でも、いいの私なんかで?」
「俺は神林がいいんだ」
嬉しかった。私とキスしたいと言ってくれて
「うん、わかった。じゃあ、私とキスしよ」
「うん」
そして、私たちの唇はゆっくりと近づいていく、あと数センチになった時だろうか、ふいに私は頭を強く叩かれた感覚に陥り、そして意識を落としてしまった。
意識を落とす前に聞いた最後の言葉は、
──いい夢だっただろ
だった。
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