第31話 インスタ映えのオッター通り

 峰岸譲司の追悼イベントの告知から一週間も経たないうちに、県内はもとより、近県や関東方面から訪れる昭和特撮ファンが徐々に増えていた。商店会は一過性のことだろうと悠長に構えていたが、連日の客足で最寄駅唯一の宿泊施設であるクウィンス森吉が常に満室状態となった。


 居酒屋 “おこぜ” には今夜も商店会役員を中心とした緊急呑み会議が開かれていた。


「三日もすりゃ治まるかと思っていたら、増える一方だね。どうしちまったんだ?」

「結構なことだろ、賑やかになるのは」

「また凍死事件なんか起こらなきゃいいけどな」

「須又温泉に忍び込ませなきゃいいんだ、大丈夫か、五代目!」

「そう言われたって四六時中廃業温泉に付いてるわけにもいかないよ」

「おまえも新しい職場で雇われの身だからな」

「温泉継いだはいいが廃業で、外へ出ても潰しの利く仕事なんてないだろ」

「番台に座ってる間にすっかり世の中から置き去りにされたって感じだよ。世間のことが何も分からない」

「いっそのこと、温泉の営業を再開して出直したらどうだ?」

「人が死んでるんだぞ、四人も! そんな温泉に入りたいやつなんているわけないだろ」

「それがさ、この間、言われたんだよ。温泉やってないんですかって」

「誰に?」

「観光客だよ、観光客。静岡から来たとか言ってたな。やってたら入りたかったって」

「物好きなやつも居るもんだな」

「奴じゃなくて女の人だよ。綺麗な人だったな~」

「すぐに再開しろ、ふとし!」

「そんなこと言ったって、人件費から何から底を突いて赤字続きだから閉めたんじゃないか」

「おまえ、五代目として恥ずかしくないのか!」

「だからってどうにもならないよ。それに凍死事件で“呪いのゴミクズオッター通り”とかって悪評が立っちまって、建物はスプレーの落書きで目に余る状態なんだ。再開の道なんて完全に断たれたよ」

「あの落書きはひでえな。死人が出てからアッという間に所構わず塗り潰されてしまったよな。そればかりか、落書きの上から落書きしやがる。おい、副会長! おまえ猟友会だろ! 犯人を待ち伏せして撃ち殺せ!」

「気持ちはもうやつら全員撃ち殺してるよ。それより罠はどうかと思ってるんだ。この辺は熊が出るから」

「熊がね」

「熊のための罠、いいね! 罠だ、罠!」

「ただね…地元の年寄りが掛かるんじゃねえかと…」

「掛かるね、特に爺様連中は掛かる。彼らに取ったら須又温泉の壁は立ションの壁だ」

「そうだったんすか?」

「太、おまえ知らなかったのか!?」

「知りませんよ!」

「おまえの父ちゃんもやってたぞ」

「…最悪…タギングのほうがまだいいよ」

たきぎを置いてくやつなんていねえよ」

「薪じゃなくて“タギング”だよ。スプレーの落書きのことだよ」

「あそうかい…ここではカタカナ語はなるべく使うな」

「なんでだよ」

「なんでもだよ!」


 太が不貞腐れると店主の秋山が会話に加わって来た。


「ちょっと待て…いけるかもしれないぞ」

「何が?」

「温泉再開だよ」

「秋山さんまで…やめてよ、もう」

「太、まあ聞けよ」

「人手も燃料費もないのに、どうやって再開するんだよ」

「人手は余ってるじゃないか!」

「どこに!」

「この集落は長年の高齢化で、畑仕事もろくにしなくなった暇なじいさん、ばあさんがテンコ盛りだ。家の中に置いてたら呆ける一方だから働かせればいい。寝たきりになりそうな年寄りだって構うことはない、引っ張り出して風呂掃除でも何でも出来ることをさせればいい。リハビリのためだ」

「燃料はどうするんだよ」

「ここ十数年、山菜やらきのこの育ちが悪いのは何故だと思う?」

「山は荒れてるからな。どんぐりの実も不作続きになって、猪どころか熊まで集落に悪さしに下りてくるようになっちまった」

「農タ林大臣が営林署を撤退させたから山は荒れ放題だ。植林をやりっぱなしで放置してる間に土砂崩れが起きてる。間引きしなかったためだ。逆に朽ちたお宝の古木が五万と倒れてる。それを運び出すだけでも山はかなり生き返るぞ。一石二鳥じゃねえか!」

「確かにな…ただ、そうは言っても温泉の評判がな。人が四人も死んだ温泉ってのは厳しいんじゃねえのか?」

「だから素人は銭に嫌われるんだよ。それを“売り”にすりゃいいんだ!」

「凍死事件が“売り”になるわけねえだろ」

「商売というものは、“悪評” だって逆手にとれば “売り” になるもんだ。オレを見ろ。人相が悪いのが“売り”なんだ」

「それは異議なし! 人相の悪さに反比例して料理がうまい!」

「それ以上言うな」

「じゃ、具体的にどう逆手にとって“売り”にするんだよ」

「…お化け屋敷だよ」

「ああ、あそこはもう立派なお化け屋敷だ」

「だろう! “楽しいお化け屋敷温泉” として売るんだよ!」

「“楽しいお化け屋敷温泉”!?」

「土日限定開業とかで、しばらく様子を見ればいいじゃないか?」


 五代目の須又太は土日だけということで、少し乗り気になった。


「会長! お化け屋敷温泉改装の協力を、商店会上げて呼び掛けて見たらどうだい」


 “お化け屋敷” に興味を持った地元職人らが名乗りを上げた。須又温泉は “改装” でアッという間に一変した。入口の暖簾の文字は “ゆ” ではなく “幽” 、男湯女湯は呪いの藁人形に白い褌と赤い腰巻、脱衣室に入ると幽霊屋敷らしからぬ明るい室内灯に漫画チックな提灯お化けや唐傘小僧などで薄気味悪さは全くない。メインの浴場の壁画は “ナマハゲ” が描かれた。


 改装が完成した翌朝、須又温泉の前に大勢の地元民が見学に集まった。


「暖簾が雰囲気出てるだろ、太」

「さすがキヨさんだね。インスタ映えするよ」

「インスタント? 手作りだよ、これはあたしの手縫い!」

「インスタントじゃなくインスタ映えだよ」

「なんだよそれ、年寄だと思って分からんことを言ってバカにするな!」

「バカになんかしてないよ。じゃ、インスタントでいいよ、別に」

「 “幽” がいいだろ」

「え?」

「 “幽” がいいだろって」

「あ、ああ “ゆう” ね。“ゆ” を “ゆう” にね」

「どういうこと?」

「だから “ゆ” を “ゆう” と伸ばして」

「お、みんな中に入るよ。五代目のおまえが先に行かないと!」

「なんだよキヨさん、話を最後まで聞いてよ!」


 一同はぞろぞろと入口に入った。


「おっ! 大名持神社の神主が作ってくれた呪いの藁人形だ!」

「藁はオレの田圃のだ」

「徳治さんとこの藁かい!」

「んだ。オレんとこは自然農法だ。機械なんかで稲刈りはしない。あんなものでやったら、折角の藁が粉々だ。藁は役に立つ。粉々にするもんではねえんだ」

「そうだよ! しかし、いい藁だな~」

「藁人形の褌と腰巻は?」

「あれはキヨさんだよ」

「あれかな…キヨさんとこの死んだ亭主の褌と、キヨさんの腰巻かな」

「効き目がありそうだな」

「なんの効き目?」

「魔除けとか、厄除け? …どれ中さ入るべ」


 一同は男女それぞれ男湯と女湯に別れて脱衣室に入った。


「明るいわね、これなら怖くないから子供も喜ぶ。お化けも可愛いし、楽しい雰囲気だわね。これ、いいね!」


 隅に “ご自由に被って遊んでください” の表示のある脱衣籠があった。カツラが沢山入っている。雪女や山姥、長い黒髪、禿げ頭、丁髷まである。かつて秋祭りで使っていた村芝居のカツラである。


 男湯の脱衣室も評判は上々だった。そして浴場の “なまはげ” の壁画も好評のうちに “改装” のお披露目会は無事に終了した。その日のうちに地元新聞社が一斉に取材に来て、翌日の朝刊の誌面を飾った。


 『須又温泉が“お化け屋敷温泉”で営業再開』の情報がSNS上で拡がり、矢代蘭からの連絡より先にエルトン・仁や小夜子に伝わった。


〈第32話「テル婆さん、大絶叫!」につづく〉

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