第29話 峰岸譲司の追悼イベント計画
エルトン・仁たちの外出を見届けた万蔵は、駅舎の周囲に盛り塩を配しながら呪文を唱え、結界を張る作業を始めた。
居酒屋 “おこぜ” の暖簾をくぐったエルトン・仁たちは、店主の秋山大吉に驚きと歓迎の言葉で迎えられた。
「おっ、来たな “雪オカマ” !」
小夜子は変な顔をしたので、エルトン・仁は気を回した。
「いや、僕はオカマじゃないので…これには深いわけが」
「まだ帰ってなかったのかい?」
「はい、ここでお昼しようかと…」
「いい心掛けだ。ま、好きなところに座ってくれ」
三人は “おこぜ特製ランチ” を頼んだ。比内地鶏の焼き鳥丼に稲庭うどんの鍋焼き、今が旬の “じゅんさい” の味噌汁、そして “いぶりがっこ” という燻製たくわん漬けの名物セットだった。
「この焼き鳥丼にかかっているツブツブは何ですか?」
「それは、畑のキャビアといわれる“とんぶり”っていうんだ。美容効果抜群だよ」
「よし、真剣に食べよう!」
ランチで完全に旅モードに入った小夜子や矢代蘭がエルトン・仁には羨ましかった。店主の秋山に何か言おうとしたエルトン・仁は、暖簾をくぐって来た五味久杜の従兄の豊を見て “しめたッ” と思った。エルトン・仁が豊を始めて見たのは、須又温泉での除霊の儀の時である。エルトン・仁の計画は、この五味豊がカギを握っていた。
「五味さん、初めまして…といっても、除霊の儀の時にお会いしているんですが、私は後藤田将太と申しまして、生前は従弟さんの五味久杜さんには大変お世話になった者です」
「あ、どうも」
五味豊は心なし嫌な顔をして目を逸らした。
「ご迷惑かも知れませんが、食事が済みましたら、少しだけお時間いただけないでしょうか?」
「・・・・・」
「東京に帰る前に、ちょっとだけお話ししたい事がありまして…」
「え、ええ、少しならいいですけど」
「ありがとうございます。では、食事の後でまた」
半ば強引ではあったが、話が進んで “ホッ” とした。やり取りを聞いていた小夜子も矢代蘭も、エルトン・仁の計画は凡そ察した。
「成程ね、あなたの狙いがほぼ分かったわ。予算なら心配しなくていいからね」
小夜子の口から “おこぜ特性ランチ” が飲み物のように吸引されていった。事業家でもある小夜子が本気モードに入っていることがひしひしと伝わって来た。
店主の秋山が何かを察し、気を利かせて、商店会の会長と副会長を招集していた。
「おっ、雪オカマじゃないか!」
「その“雪オカマ”は勘弁してくださいよ、会長さん」
「その節は助けていただいてありがとうございました」
「矢代さん、友達はまだ懲りずに秋田にいたのかい? 雪オカマはあんたに惚れたんじゃないのか? 結婚してこのまま商店街に移住して来てシャッターをひとつ開けてよ。あれ、そちらの美人は?」
「べラ、あ、いや、四条…四条…」
「四条小夜子でございます。よろしくお願いします」
「その…あれかい? 三角関係のもつれ?」
「勘弁してくださいよ、みんな友達です」
「それじゃ、あんたも特撮のファンの人?」
「あたしは知ってるよ、その女」
横から老婆が口を挟んだ。その睨んでくる老婆を見て小夜子は “アッ” となった。須又温泉の前で睨まれたキヨである。
「あんた、お祓いをしてもらったかい?」
「え、ええ、まあ」
「そうかい、ぼやぼやしてたらあんたも五味のクソガキに殺されて死ぬよ!」
「キヨさん、おやめなさいよ。美人にはキツイんだから。あんたこそ、その“きりたんぽ”を喉に詰まらせて救急車騒ぎにならないように気を付けてよ」
「あたしは嫁より先には死なない!」
店主の秋山が奥に俄か “会議室” を用意した。
「さあ、では始めるかい?」
エルトン・仁たちは恐縮しながら奥に集まった。
「話ってのは?」
「はい…今、須又温泉の中はどうなってますでしょうか?」
「どうなってるとは?」
「特撮グッズとか…」
「そのままだね」
「イベントはおやりにならないんですか?」
「久杜が居ないんじゃ、人集めもできないからね」
「人集めならできますよ」
小夜子の積極的なな返答に、エルトン・仁も矢代蘭も内心驚いた。
「人集めならできます。ファンも俳優も可能です」
「どうやるんだ?」
「ファンはSNSなどで情報をばら撒くんです。ゲスト俳優に関してはコネクションがあります。五味さんの時も手配してたのは私ですから」
「そうかい!」
五味久杜の主催イベントに於けるゲスト俳優の手配は、殆ど小夜子の裁量だった。それを五味久杜が横取りして独占した形になっていた。
「どなたかネットに詳しい方はおられますか?」
「自慢じゃないがね…オレたちには、そんなものを越えさせない年齢という壁があるんだよ」
「では、息子さんとかは?」
「息子連中ならやってるかもしれない」
「ネットで広げるにしたって、こんな田舎に呼ぶものなんて何もないよ」
「五味久杜さんは何を“売り”にしたんですか?」
「強いて言えば“内陸線”かな。田園風景の中にレトロな商店街誕生みたいな町おこし感覚のね」
「地元ヒーロー第一号の峰岸譲司さんには交渉なさらなかったんですか? そのほうが特撮ファンにはずっとインパクトがあると思うんですが?」
「あの方とは、久杜もいろいろあってね」
エルトン・仁はその経緯を百も承知だった。かつてこの集落で一番大きな宿泊施設のナガサホテルで特撮イベントが開催された事がある。主催者は埼玉に住む女部田真という特撮オタだった。女部田マンセイの五味久杜は彼に地元の根回しを任されていた。当時、峰岸譲司は体調を崩していたが五味は強引にイベント出席への確約を取った。ところがイベント当日、家族の反対を圧して出席した峰岸は、無理が祟って会場で倒れてしまった。そして、その日の未明に峰岸は帰らぬ人となってしまったのだ。
「今回、五味久杜さんが関わらないイベントであれば、峰岸譲司さんの追悼イベントというコンセプトで行けるんじゃないでしょうか?」
「それでも無理だろうな」
「どうしてですか?」
「息子の
「息子さんが了承すればいいんですよね」
「絶対に了承しないだろうと思うよ」
「僕が息子さんを説得します」
「仮に説得できたとしてもだよ…豊さん、あんた、予算は大丈夫かい?」
「皆さん、何か忘れちゃいませんか? 中止になった町おこしイベントの予算が、まだ宙に浮いてるんだよ。役場の根倉さんも一度下りた補助金の処理に困ってるんだ。オレも困ってる」
「よくぞ使途不明金にしないでプールしてたね」
“使途不明金” の言葉に、エルトン・仁ら三人はお互いの顔を見合って微笑んだ。五味久杜が使途不明金の魔力に嵌ったのは、女部田真にある。女部田真は、峰岸譲司のイベントの後、冬の県道で無残な死に方をしている。女部田亡き後は、自分が使途不明金の恩恵にあずかる番だとでも思ったのだろうか・・・エルトン・仁ら三人はそんなことを考えていた。
「人聞きの悪いことを言わないでよ、会長。オレと久杜を一緒にしないで貰いたい。確かにあいつは何かと言えば、あれにいくら、これにいくら必要だと言って市の補助金に手を付けようとしたけど、オレはあいつのことはよく知ってるつもりだ。だから、お互いにイベント終了後に活動に加わった者全員立会いの下で公開精算しようと、頑として受け付けなかったんだよ」
「偉い! さすが家業を女房に任せてここに油売りに来てるだけのことはある!」
「やめてよ、会長!」
豊の言葉に、三人はこれなら信頼できると思った。その足でエルトン・仁たちは同じ阿仁前田地域にある峰岸邸に向かった。
「会ってもらえるかしら」
「会ってもらうんだよ」
エルトン・仁の意志は固かった。しかし、案の定、峰岸邸のインターホン越しに断られた。
「やはり無理のようね」
エルトン・仁はドアの前で動かなかった。考えていた。
「エルトン・仁さん、出直すにしても今日は一旦帰りましょ?」
地元出身の矢代蘭は秋田県人の頑なさを知っていた。特撮ファンが父親を死に追いやった。その同類の特撮ファンが性懲りもなく、反省もせず、抜けぬけと玄関のインターホンに汚れた指紋を残しに来た。受け入れられるはずがない。しかし、エルトン・仁はまだ玄関の前に立っている。どうするつもりなのかと思った時、彼が叫んだ。
「私は特撮オタに復讐するために東京からやって来ました! 私は特撮オタです! でも同じ特撮オタに匿名で誹謗中傷され続けて苦しんでいます! 私は自殺したいと思うほど追い詰められてます! 私は特撮オタを憎んでいます! 私は特撮オタを駆除したいです! 私に協力してください! お願いします!」
エルトン・仁の叫びは悲痛な響きだった。しかし、中からの応答はなかった。エルトン・仁は大きく深呼吸して峰岸邸のドアから離れ、がっくりと項垂れた。その頬に涙が伝っていた。小夜子と矢代蘭は、エルトン・仁の苦しみの深さを始めて見た気がした。
三人は重い足取りで峰岸邸に背を向けた。
〈第30話「クソヲタに飼われるクソヒーロー」につづく〉
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