第23話 一騎打ち

 大名持神社に突然の来客がある時には、通常であれば神主の妻は一旦妹背に了解を得るのだが、遠路から来たエルトン・仁らと同じ特撮ファンであることを告げられた妻は、彼らのお仲間であろうと早合点してしまった。


 エルトン・仁と矢代蘭にすれば、小夜子に会いたくないという理由もそうだったが、それより彼女が“青の剣”を握っていたことに驚いた。


「神主さん、アレです、アレ!」

「・・・・・?」

「 “青の剣” です! 彼女が持っているのが “青の剣” です!」


 一同それぞれの理由で場の空気が沈滞した。エルトン・仁がその空気を破った。


「べラ嬢さん…どうしてここへ?」

「ええ、実は…」


 小夜子は、ちば藤の葬儀に参列してからの一部始終を説明した。再び部屋の空気が重くなった。妹背が立ち上がった。


「とにかく、“青の剣”の除霊をしましょう」


 神社拝殿での “青の剣” の除霊が終わり、三人は一緒に帰るしかなかった。境内を歩きながら、自然とVickyの話になった。


「そうでしたか、亡くなったのはVickyさんでしたか…」

「その“青の剣”、どうするんです?」

「Vickyさんに返してあげるのが一番いいのかもしれないけど…ネットオークションにでも出そうかと…」

「えーっ!」

「持ってるのは気味が悪いし…けど、神社さんに預けたら焼却するっていうし…でも、これは保存する価値のあるものだと思うのよね。特撮グッズに罪はないと思うの。除霊もしたんだし、事情を知らない人なら問題ないんじゃないかと思ってね」

「…だといいですけど」

「ちば藤さんに魔が差したのがそもそもの始まりよね」

「そもそも論で言ったら限がないけど、五味久杜のお父さんが “青の剣” を折ったところから彼のトラウマが来てるよね」

「でも、関係ないVickyさんまで殺されるなんて気の毒よ」

「殺されるのは当然よ。あの人は五味久杜さんに対する尊敬がないもの」

「えっ !?」

「五味久杜さんを軽んじる者は生きている資格などありません」

「何を言ってるの、べラ嬢さん !?」


 小夜子の様子がおかしい…そう気付いたが遅かった。小夜子はバッグから “青の剣” を取り出し、矢代蘭を襲った。寸でのところで格闘技経験のあるエルトン・仁が小夜子の手から “青の剣” を叩き落としていた。間髪入れずに小夜子は矢代蘭の首を絞めた。猛吹雪が二人を包んで舞い、矢代蘭の皮膚が霜に覆われ白くなっていった。

 エルトン・仁は小夜子に体当たりして矢代蘭を引き離すと、小夜子の姿が五味に変化へんげした。


「しつこいヤロウだな、五味!」


 エルトン・仁は捨て身の攻撃を繰り返すが、五味久杜は全て軽くあしらった。


「君は全てに於いて贋物。永久に半人前ですね」


 五味久杜が更に女部田真に変化し、猛吹雪の圧でエルトン・仁は吹っ飛んだ。


「女部田 !?」

「君のようなクズがボクに刃向かうなんて有り得ない。身のほど知らずもいいところだ。もっと早く死んでいればボクの地獄の責め苦を味わうこともなかったのに」


 起き上がったエルトン・仁が見る見る白くなって動きが鈍くなっていった。


「ボクの慈悲で君たちにとどめを刺してあげましょう」


 女部田の念によってエルトン・仁と矢代蘭の体がズルズルと境内を引き摺り回され、神木の銀杏の樹に叩き付けられた。参道に転がっていた “青の剣” が鈍く光り出し、五味久杜の手に吸い寄せられるように握られた。


「成敗!」


 “青の剣” を扱う戦隊ヒーローと同じ台詞を吐きながら、女部田はエルトン・仁の喉元目掛けて突き刺した。エルトン・仁は最早これまでと目を瞑った…痛みがない…恐る恐る目を開けた。境内の狛犬・阿像の台座に女部田が寄り掛かっていた。エルトン・仁を狙った同じ喉元の位置に “青の剣” が突き刺さっていた。


「大物千匹 小物千匹 アト千匹 叩カセ給エヤ 南無阿毘羅吽欠蘇波河」 


 古老・西根万蔵が呪文を唱えていた。女部田が苦しみ出し、五味に変化し、小夜子の姿に戻った。 “青の剣” の鈍い光が消えてポトリと落ちると、小夜子は正気を取り戻した。


「あなたは一刻も早くこの土地を離れた方がいい。すぐに内陸線で帰りなさい。道中の身の安全は沿線に住む牙家然きばいえしかりという私の先輩に頼んで置くから」

「これ、どうしたらいいでしょうか…」


 小夜子は万蔵に “青の剣” を差し出した。


「これを貼りなさい」


 神主の妹背が現れて小夜子に封印の御札を渡した。


「除霊できなかった…これ自体を結界で封じ、悪霊の怨念が宿れないようにするしかない」


 小夜子は “青の剣” にその御札を貼り、バッグに納めた。


「牙家然さんに渡すまで、絶対に御札を剥がさないように」

「分かりました」


 エルトン・仁と矢代蘭は小夜子を駅まで送ることにした。


 雲足の速まった秋空が境内を囲う樹木を揺らす。万蔵と妹背は参道の上から、石段を下りていく三人を見送っていた。


「万蔵さんに連絡しておいてよかった。私の力ではこれ以上どうにもならない」

「五味の息子は人を殺すたびに力を増している」

「五味の背景にあの女部田真がいたとは…私は精々やつを退散させることしかできない。牙家さんなら何とかしてくれるかもしれん」


 二人は、小夜子ら三人の後を付ける五味久杜の姿を見極めていた。


「あの三人…この集落から無事に出られますかね」


 妹背の問いに、万蔵は無言だった。


〈第24話「秋の猛吹雪」につづく〉

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