第15話 呪いのゴミクズオッター通り
須又温泉でのイベントの当日、五味久杜に話し掛け、大笑いして去って行った一人の老人がいた。
回想・・・
「知らんのかい、まだ」
「何があったんですか?」
「何がって…」
老人はそう言い残し、大笑いで去って行った。五味久杜は呆けているのだろうと思い、それ以上相手にするのをやめていたが、老人は五味久杜に、もうおまえは死んだということを伝えようとしたのだ。ところが、あまりの驕り高ぶった五味久杜の馬鹿面に、老人は笑うしかなかった。
その老人の名は宇津井光太郎。日本初期の特撮ヒーローだ。宇津井が他界して数年が経っていた。彼がなぜここに現れたのか…
五味久杜が2ちゃんねるから執拗に叩きまくった龍三は、宇津井光太郎の出身芸能事務所の後輩だった。生前の宇津井は、自分の後輩を愚弄する女部田真や五味久杜の悪質性を苦々しく思っていた。自分のデビュー作も特撮である。時代が変わったとはいえ、掛け替えのない特撮映画の出演者を、しかも自分の後輩を、一ファンが卑怯な匿名の2ちゃんねる上で叩きまくることには激高していた。
宇津井は晩年の枕元に龍三を呼んで笑顔で話した。
「俳優時代にはできなかったが、死してのち、あの悪質なファンに対する鉄槌を下してやるよ。あの世が楽しくなりそうだ」
そう約束して旅立っていた。龍三にとって宇津井光太郎の言葉は、2ちゃんねるでの誹謗中傷犯の記憶遁走を、宇津井と共に追い詰める原動力となっていた。宇津井はこれまでにも龍三の夢枕に何度となく立ち、道しるべを提供してくれた。従って、大名持神社で五味久杜の名前が呼ばれるであろうことも、夢枕に立った宇津井から告げられていた。そして、この先、死後の五味久杜にどんな事態が訪れて来るかも、宇津井のお告げで龍三は前もって知ることになる。
五味久杜は大名持神社の御託宣どおりに死んだ。しかし、五味久杜にとって死んだことが安らぎにはならない。寧ろ、拷問の始まりだった。五味久杜は異常なまで征服欲と名誉欲が強い。女部田と同じく記憶を塗り替えてでも自分に都合の良い虚構を作りだし、それを事実として記憶を差し替え続けた一生だった。そのことで交友関係に致命的な破綻を来し、現実との摺り合わせのために墓穴を掘り続けた。
商店会おこしの偽装イベントはその象徴的な結末となった。五味久杜の凍死イベントが地元のニュースになり、皮肉にも五味久杜が多くの俳優やファンを叩きまくった2ちゃんねる上で、商店会は『呪いのゴミクズオッター通り』と揶揄されるブーメラン現象が起こった。“ゴミクズオッタ―”とは、五味久杜(ごみ ひさと)の音読みに、特撮オタとシャッターの合体語であるオッタ―が付いたものだ。そして、特撮ファンの間では心霊スポットとなって、想定外での商店街の知名度アップの目的だけは達成された形となった。
「例の幽霊銭湯ってここだよね」
「ひでえな」
こうした特撮ファンが時折やって来るようになった。須又温泉の入口には『呪いのゴミクズオッター通り発祥の地』という毒々しい文字を筆頭に、壁一面がタギングで無法化の様相を呈していた。そしてその勢いは隣接する商店会シャッターにまで広がり、商店会おこしが2ちゃんねるのレスと連動してとんでもない方向に向かって行った。
「あいつに相応しい死に場所だよな」
「2ちゃんねるで暴れ過ぎた罰だよ」
「レスしたのは“ボクではありません” などとほざいていたけど、温まるはずの銭湯で凍死だとよ…笑える」
「エルトン・仁への叩き方は女部田に倣って尋常じゃなかったよな」
「女部田2世」
「五味久杜とエルトン・仁との接点て何?」
「接点なんてなかったらしいよ」
「じゃ何で叩いたんだろ」
「龍三さんを叩いて失敗した女部田の敵討ち?」
「逆恨みじゃねえか」
「女部田は龍三さんと何があったんだっけ?」
「女部田の主張は、龍三さんが劇団の援助を要求して来たのを断ったら態度を一変されたって言ってるけど、龍三さんの劇団は予算の掛かる公演を目的にした劇団ではなく、単なる演技トレーニングのグループだから援助される必要はどこにもないというんだ」
「結局、どちらかが嘘を吐いてるということ?」
「女部田が嘘を吐いてる事は、その後のイベント共催者が一番分かってんじゃないの?」
「どういうこと?」
「自分の要求が通らないと女部田は逆恨みで誰彼関係なく2ちゃんねるで叩いたんだよ。それも相手が謝るまで執拗にね。悪くないのに無理やり謝らせたんだよ」
「そしてその矛先が龍三さんにまで及んだということね」
「これまで俳優は皆、トラブルで世間の評判が悪くなるのを恐れて、女部田の我がままのサンドバック状態だったんだ、誰もがね。ところが龍三さんは例外だった。女部田の我がままを撥ね付けたんだ」
「それが例の龍三叩きの長期スレね」
「自分に跪いた特撮ファン仲間に半強制して自分を援護させながら調子こいて叩いてる間に、まんまと龍三さんの罠に引っ掛かったんだよ」
「罠?」
「龍三さんのブログの連載小説にいちゃもんを付けたんだ」
「小説にいちゃもん?」
「あの小説は事実と異なるってね」
「小説だよね」
「それも2ちゃんねるで俳優を叩く特撮オタを題材にした小説」
「ノンフィクションじゃなく小説だからね。いちゃもんって的外れだよね」
「自分に対する看過できない人権侵害だとよ」
「 “自分” って、2ちゃんねるで叩いてるのは “自分” だって白状したことになるよね」
「そういうことね」
「さあ、龍三さんを攻撃し損ねたその腹癒せをどこに転嫁させればいいのかと、自分から離脱していった矢代蘭とかを叩きまくったけど無反応。それがまた腹立たしくて気が治まらない。悶々としてネットサーフィンをしていた女部田の目に留まったのが、エルトン・仁が叩かれているスレだったんだよ」
「歪んでやがるな」
「ところが、エルトン・仁を執拗に叩き過ぎて、元々叩いているスレ管理人にまで引かれたんだ。そして正体がバレた。そこでエルトン・仁はネット上で挑戦状を掲載したんだ」
「龍三さんのほうはどうなったんだ?」
「女部田はそれどころじゃなくなったんだよ、ざまあねえや」
「そして女部田の事故死後、暫く閉めてた運営サイトが再開。悪評のほとぼりが冷めたと思ってか、二番手の五味が管理人」
「そしたら、また同じことの繰り返しじゃね? しかも同じ凍死」
「怖~~~ッ!」
その時だった。須又温泉の建物内から微かな物音がした。
〈第16話「下僕の宿命」につづく〉
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