命尽きるまで

世捨て人

第1話

 現代日本の都会東京には、空を見上げれば眼前を真っ黒に染め上げる巨大なビル群がいくつも聳え立つ。

 そこには金庫なり、宝物なりが厳重なセキュリティに守られて保管されていることもある。

 とあるビルは、現在財宝展という世界から集めた珍しいお宝や、絵画などの展覧会を開催しているところだった。世界でも屈指の警備といわれ、盗みに入ろう者などまず盗もうと思わないほど厳重な警備が敷かれていた。

 そんな宝物を守る、何人にも突破不可能と言われた最高セキュリティがこの日、突破された。

 警備の人間は五十人のSPを配備し、赤外線センサーやら、そもそも宝物に重量センサーまで仕掛けていたというのに、その宝物は盗み出された。

 否、盗み出されたでは語弊がある。

 訂正するなら、信じられないことだが一人でに暴れて逃げ出した。

 宝物のあった部屋を破壊。その傷跡は、でかい刃物で斬って抉ったかのようであり、最新の金庫にも使われる重々しい鋼鉄の扉は、斜めに真っ二つに斬られていた。

 当然そんなことをすれば、仕掛けたセンサー類は一斉に作動。SPたちもたちまちやってくる。


「止まれッ!!貴様は完全に包囲されているッ!」


 ざっと五十人程度が銃口を一点に向け、前方百八十度を囲む、そしてちょうど真ん中の一人だけ服装が違うおそらく隊長かなにかであろう男が、メガホンを片手に叫ぶ。

 その五十人が囲むのは、たった一人の白い和装の少女。


「邪魔をしないでください。私は真なる主のもとに参ります」


 和装の少女はこれだけの銃口を向けられても怯えることなく、興味なさげな目をしてただ見つめている。


「超危険宝物 白姫しろひめ。貴様にもはや自由はない!大人しく宝物庫に戻るなら物的安全は保証する!」


「この場を見過ごすなら、あなた方の命はとらない」


 両者の主張の食い違い、それはつまり戦いの火蓋を切る合図となる。


「発砲構え。撃てっー!!」


 隊長らしき男の号令で、五十もの銃口から一斉に弾丸が撃ち出された。

 外したら他の宝物に被害がいくとか、その辺はまったく考慮されてない。なぜなら、目の前にいる少女は他の宝物に出る被害を度外視してでも、止めなければならない超危険宝物−通称 遺物ラストアイテム

 外に放てば間違いなく人的被害をもたらす厄災。

 逃げ場なく弾丸を放つことで、少女の動きを封じる算段だった。

 しかし、放たれた弾丸たちは、少女の体を貫くことはなく、一つずつ彼女の眼前で、パラパラと弾丸が真っ二つに分かれて落とされていく。


「やつは何をした⁉︎」


 身動きもせず、弾丸が地面に落ちている様子は明らかに異常だった。

 実際のところは、彼女がSPたちに見えない速さで弾丸を斬って落としているだけだが、そんな芸当は神速と呼ばれる速度でなければ不可能だ。

 この時点で、本来彼らは逃げるべきだった。銃の弾丸を目視で捉えられる相手に、肉弾戦などするべきではない。

 まして、彼女は刀という武器を持っている。斬れ味はどうであれ、そんな速度で斬られれば鈍でない限り、先ほどの弾丸と同じように一刀両断だろう。

 だが、そこで強さに怯えて、逃げるわけにいかないのが雇われ警備というものである。

 逃げれば生きれるものを、職務という責任感で命を投げ捨てなければならない。


「銃は効かない。ならば全員接近戦で応戦!かかれっー!!」


 現に上司の命令て、恐怖と戦いながら、腰に差したナイフ片手に少女向かって一斉に向かっていく。


「愚かな…無駄な命を散らすのですね」


 目には涙。しかし、表情は悲しみではなく憐れむように。

 前方に四人先行している。その後ろを、六人が続いている。

 全員とは言ったが、まさか本当に全員で襲ってくるまい。一応隊列のようなものはある。

 そして残りの敵は、正面ではなく少女の背後から攻め入る。

 これで両側から挟み撃ちになった。今度こそ逃げ場はない。

 しかしこのとき、男たちは考えるべきだった。

 この少女が、どうやってあの部屋を出たのかを。

 そうすれば、こんな惨劇は起こらなかったろう。


 指揮を執っていた男は、目の前の光景が受け入れられなかった。数は圧倒的に優位。一人一人の質も悪いものではない。それなのに、少女一人の前に舞う部下たちの鮮血、斬られて宙を舞う体の一部。

 その惨状が作られるのにかかったのは、瞬きする間のたった0.001秒。


 ドシャドシャと音を立てながら、男たちの亡骸は地面に肉片となって落ちる。

 少女の純白だった和服は、返り血で真っ赤な華が咲いている。

 少女はそれを気にすることなく、血溜まりの上を悠々と歩き出した。


「ま、待てっ!」


 指揮官らしき男が銃を取って叫ぶ。

 その手は震えていて、おそらく立っていても当たらないだろう。


「せっかく助かったのに…」


 残念そうに呟いたあと、少女の差した刀がキラッと光って見えて、男の腰から上がズルリと落ちて五十体目の死体が出来上がった。


「本当人間はつまらない。すぐ死んでしまうもの」


 ビルの壁に人が通れるサイズの穴を、刀で斬って作った。少女は、そこが地上三十階であることも構わず穴から外へと飛び降りた。

 この三時間後に、監視カメラが作動していないことに気づいた警備の人間が現場に駆けつけ、警察に通報されたことで公にされた。

 監視カメラは作動していなかったため、犯人は不明の怪奇殺人事件として、捜査は難航を極めた。

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