47話 海と歌の女悪魔

「黙って話を聞いていれば好き勝手いいやがって!貴様のどこに嫉妬する要素があるのだ!この醜女ブスめ」


 盛り上がった海面の中央を割るように現れたのは、鮮やかな青い髪に深い緑色の海藻を絡ませた女だった。

 彼女の額には、一本の黒くて捻れた角が生えている。

 人とは違う紫がかった白い肌は月に照らされて不思議な輝きを放っている。

 大きな双眸には金色に輝いていて、まるで橄欖石かんらんせきを嵌め込んだようだ。

 スッと通った鼻筋の下にある薄く形の良い唇は、閉じていても鋭い牙がチラッと顔を覗かせる。


「その醜女ブスの言うことを真に受けるなよニンゲン共。我が名はセパル。海と歌を司る悪魔だ」


 海から砂浜へ近付いて来たセパルが陸へ上がる。

 下半身は魚のようになっている。彼女は青い鱗に覆われたヒレを引きずりながら近くにある岩に登ってルリジオたちを見下ろした。


「あなた、田舎臭い上に、磯臭いものね。私の美貌に嫉妬をするのはわかるわ。でも、あんな軽薄男チャラ男をけしかけてきて、更に一般人にまで危害を及ぼそうとするのは許せないわよ」


「んもー!歌声を貸すって言ったであろう?それを返して欲しいだけなのだ!クソ醜女ブスから、我の美しくて豪華ゴージャスで蠱惑的な歌声が聞こえるなんて耐えられないからな」


 セパルが頭を大きく振ると、腰まである彼女の長い髪が波打つ。

 控えめでもないが、大きすぎない胸が揺れるとルリジオが微かに関心を示したように顔を上げた。


「海月の聖女が君に歌声を返したら、どうするつもりだい?」


 微笑みを浮かべて自分を見つめたルリジオに、セパルの険しかった表情が緩む。

 フンッと可愛らしく鼻を鳴らした彼女は、胸を張ってルリジオの方を向いた。


「決まってるのだ!捕らわれた母様の封印を解いたら、不完全な結界を内側からぶっこわしてこの世界に悪魔の……ひゃ」


 風を切る音とともに、セパルの髪に絡んだ海藻がボトッと落ちる。

 橄欖石かんらんせきのような瞳を僅かにうるませながら、彼女は小さな悲鳴をあげた。

 呆れたような表情をしたアビスモが、剣を抜いて微笑んでいるルリジオの肩を叩く。


「いやだなあ、殺すつもりはないよ。この方が話しやすくなるかなと思ってさ」


「まあ、実力差をわからせた方がやりやすい相手ではあるが……」


 アビスモは剣を鞘に収めたルリジオを見て、頭を振ると眉間に皺を寄せながらセパルの方へ向いた。

 どう見ても怯えた表情をして身体を強ばらせている下半身が魚の悪魔に、ゆっくりと近付いていく。


「あんたを問答無用で殺そうってワケじゃ無い。取引をしよう」


「な、なんなのだ貴様らは。悪魔に勝てるニンゲンなんてほとんどいないと父上は言っていたのだ!」


 岩から飛び降りて、影に隠れたセパルは、顔だけを岩陰から見せてアビスモの質問に答える。


あの金髪ルリジオは特別だ。運が悪かったな。で、母様ってのはどのことだ?」


「あの大きくて気持ち悪い建物の中に母様はいるのだ!我の悪魔としての直感が言っている」


「ああ、あの妙な女神像のことかしら?」


 セパルがほっそりとした指で、微かに見える神殿を指差した。

 それを聞いたタンペットが何か思い立ったように顔を上げる。

 すると、聖女の傍らにいたルリジオも再び話題に関心を取り戻し、立ち上がる。

 ルリジオが立ち上がるのを見て「ひっ」と小さな悲鳴を漏らしたセパルは岩陰に身体を完全に隠した。


「あの豊満な乳房をした石像が君の母親だというのかい?」


 瞳を輝かせながら、先ほどまでとは打って変わったような優しい声色で自分に話しかけてくるルリジオをセパルは岩陰から顔だけ覗かせて確かめる。

 確かにあの像の乳房は、聖女と同じく見事なものだったなと思い出し、アビスモとタンペットは目配せをした後に溜息を吐いた。


「この世界の結界を壊すことに関しては見逃すわけにはいかないが、君の大切な母君の封印を解く手伝いならこの僕がしてあげよう。いいだろう?二人とも」


 微笑んだまま上機嫌で自分に近付いてくるルリジオから逃げるように、セパルは岩陰から飛び出した。

 すぐ近くにいたアビスモの背中に隠れながらセパルは、ルリジオとアビスモの顔を見比べる。

 助けてくれと言わんばかりのセパルの怯えきった瞳を見たアビスモは、眉間に刻まれた皺を更に深めながら、彼女に近付こうとするルリジオの肩に手を置いてそれを静止した。


「こいつの母は巨乳だぞ。怯えさせていいのか?」


「ああ、それもそうだね。大切な娘さんをいじめてしまえば麗しく魅惑的なとてもおおきなおっぱいの女神像の君に嫌われてしまうかもしれない」


「ひぃ……なんなのだあいつは……」


 自分の腕にしがみついてくるセパルを見て、アビスモは深い溜息を吐いた。ルリジオが聖女の元へ戻ったのを確認してから、彼はセパルの手首を掴む。

 咄嗟に身を捩って逃げようとする彼女の手首を、自分の方へ引き寄せたアビスモは、切れ長の目で彼女を見つめた。

 月の光を受けて翡翠のように輝く美しい瞳に、悪魔であるセパルも思わず息を呑み、動きを止める。


「お前の母親を助けてやろう。だが、俺たちに協力してもらうぞ」


「わ、わかったのだ」


 セパルが自分の言葉に頷いたのを見て、アビスモはタンペットを肩越しに振り返った。

 タンペットの意図を理解したアビスモは、セパルから手を離すと自分の懐に手を入れて、ごそごそと何かを探り始める。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る