30話 醜い器の中にいたもの

「ルリジオ様は無事に私達の眷属が回収し、数日寝込みはしましたが無事に目を覚ましました」


「それで、村はどうなったんだ?」


 アビスモが物語を読み終わったかのように目を閉じて一呼吸置くモハーナに対して身を乗り出しながら話の続きを急かすように言うと、彼女は再びその金色に輝く瞳を開いて目の前の紫色のやけに顔色の悪い美青年を見据えて口を開いた。


「残った数人が息を吹き返しましたが、飢餓のためか前後の記憶が曖昧なようで、甲虫のこともルリジオ様のことも覚えていませんでした。今は村もすっかり活気を取り戻して平穏な様子ですが……」


「……これで終わり?っていうか、ルリジオが巨乳の胸を刺すって何事?やばくない?」


 拍子抜けした……と言わんばかりにそういうアビスモに対して、モハーナが同意するかのように頷くと、彼女の耳や髪に施された重たいほどの装飾はそれに合わせてシャラシャラと音を立てて響く。


「はい。儀式の代償として、ルリジオ様があの魔女とやらを殺さなければいけなかったのかもしれないですし、彼は巨乳の頼みなら自分の欲望よりも優先するので、殺してくれと言われたというところまではわかります。遺体を放置するのも、彼女の頼みであったならそうすると思うんです」


「へ?遺体は放置するものでしょ」


「ベリトのことを覚えていませんか?以前のルリジオ様なら襲撃された村にいた巨乳の娘の腐乱死体くらいなら軽く持ち帰ってきて防腐処理を施して時間を止める魔法を使って部屋に飾ってますよ」


「え……待って……こわ」


 思わず顔を引きつらせて体を仰け反らせるアビスモに対して、モハーナは慣れたことだと言わんばかりに口を結んで微笑むと更に話を続ける。


「その時、誰の死体も持ち帰ってこずに、亡くなったものは全て木の棺に入れ、炎を放って弔ったという話を聞いて私を含めた妻たち全員が驚いていました。ダヌ様は多分ですが、多少動揺していたという話を聞いた気がします」


「今の俺も動揺してるのわかる?えええ……」


 モハーナは、動揺しているからか少々挙動不審になっているアビスモを楽しむかのように口角を上げると少しずれた髪飾りを整えるため髪に手をやった。


「もしかして、誰にも言えずに何も出来なかったってさ……中にあるナニカを取り除いてルリジオが元に戻る可能性を考えてのこと?」


 自分の言葉にしっかりと頷いた金色の鱗を持つ半人半蛇の美女の真っ直ぐな瞳に、アビスモは眉間にシワを寄せながらお礼を言うと部屋を出ていった。


※※※


「思ったより深刻な話だった。っていうか、タンペット絶対この話知ってただろ?」


 館の地下室へと足早に戻ってきたアビスモは、自分の言葉に軽く頷いたタンペットを見て頭を抱えながら、椅子に腰掛けると額に人差し指を当て、苛ついたようにその指をなんども動かす。


「話を整理しよう。 ルリジオの死後、世界を圧倒的な力で破壊するような化物が生まれる。ルリジオの中に仕込まれたナニカがそれを誘発させている可能性がある。ルリジオの中のナニカを取り除いた時、今のルリジオのギリギリある人間性が消え去る可能性がある……」


 こめかみを押さえてかぶりを振ったアビスモは、溜息と共に言葉を続ける。


「……これヴァンパイアあたりに噛み付いてもらってルリジオに不老不死になってもらう方が早いんじゃないか?」


「不老不死の力は基本的には呪いの一種だ。呪いを全て受け付けない彼への女神の加護の前では意味がない。それにそんなことをしたら女神ダヌが怒るだろう。死後に魂を貰う約束で強力な力を与えたのだし」


 タンペットとアビスモが深刻な様子で話していると、暁の悪魔ことアソオスが背後からアビスモのことを抱きしめるようにしながら現れた。


「ねぇねぇ……面白そうな話をしてるわね」


 さすが悪魔といったところだろうか。タンペットはさして驚きもしないまま、なにか含みをもたせている彼女のことを注意深く見つめる。


「いちいち抱きつくなやめろ」


「わたし、ルリジオが殺した魔女のこと多分知ってるわよ」


「は?」


 最初は自分に纏わりつくアソオスをどけようと腕や背中を揺すって拒絶の姿勢を取っていたアビスモは、可愛らしいバラの花弁のような唇に人差し指を当てて上目遣いをしているアソオスの言葉にその動きを止めて食い入るように彼女を見つめる。


「魔女と言うか……その醜い器の中に閉じ込められていたモノ……かしら」


 自分の話を二人共聞く気になったのが心地よいのか、アソオスは腰に手を当てて悩ましげに部屋の中を歩きまわり、腰まである暁色の髪を揺らしてもったいぶるように話し始めた。


「呪いというか、多分バツとして人の肉の体に閉じ込められた神の類でしょう。甲虫の身を借りて災害を引き起こそうとする災厄を一つ殺すことを条件に常若の国ティル・ナ・ノーグに赦しをもらおうとしていたんじゃないかしら……でも」


「でも?」


「あの魔女には少女としての人格と魂があったけれど、更に魂の奥の方に中に閉じ込めている何かはきっとそうではなかった。長い間理不尽に肉の器に閉じ込められただけではなく、地上でも最悪な扱いを受けたことに怒りを覚えたそいつは世界に復讐することに決めた……。永遠を生きる私達にとって二十年は短いからピンと来ないけど、ヒトの身で子供の頃から味わう二十年は永遠にも近い時間に思えたでしょうね」


 ニヤリ……と口元を歪めながら話す彼女の姿は、まさに悪魔と言うに相応しい風格でアビスモとタンペットは、その迫力に思わず固唾をのんだ。

 アソオスは満足げな表情をしてクルリと回ると再び部屋をゆっくりと歩きながら可憐な声を部屋の中に響かせる。


「スカラベの方は、まぁ私達悪魔とはまた別の……世界に必ず生まれる悪意のようなものだとして、問題は魔女の方。木の棺……炎……生贄それに……皮の下に埋められた車輪……それは太古の神……戦争と炎と雷と死を司る」


 ここまで言ってアソオスは、タンペットの瞳を覗き込むように見つめる。

 貴女ならわかるはずだ……とでも言いたげなその視線にタンペットは顎に手を当てて少し考えた後ハッとしたように顔をあげた。


「「タラニス」」


 アソオスとタンペットは声を揃えてそういった。


常若の国ティル・ナ・ノーグの神二人に目を付けられるとは……すごいんだか災難なんだか……。それで、タラニスとやらを取り除いたあと、ルリジオが以前の性格に戻るのか?」


 タンペットは再び考え込むように俯いて腕組みをしながらそう呟いた。


「タラニスの性格は残虐でニンゲンの血を好む性格なの。だから、タラニスの内心の影響がルリジオに出ているとは考え難いし……そうね。言ってたじゃない?『わたしのこころをあげる』って」


 悩まし気に体をくねらせながらそういうアソオスは、アビスモに再び後ろから抱き着きながらそう言うと、タンペットは手をポンと打ち付けてなにかに納得したような表情を浮かべた。


「なるほど。わかったぞ。では、計画を練ろう。アソオス殿、協力を頼んでもいいか?」


「共犯……ということね。ルリジオのためならよろこんで協力するわ」


「え?俺全然わからないんだけど?どういうこと?」


 手を取りあうタンペットとアソオスを前にして、一人なにもわからないことに焦るアビスモだったが、そんなアビスモにタンペットとアソオスは肩を手に置いてにこやかに微笑みを向ける。


「……大丈夫だ。アビスモは全力でルリジオと戦えばいい」


「すっごいいやなんだけど」


 苦虫を噛み潰したような顔を浮かべるアビスモのことを2人の美女は笑う。

 そして、二人でタンペットの部屋にある魔術書を見ながらああでもないこうでもないと話すのを聞いたまま、アビスモはいつのまにか机につっぷして眠っていた。


※※※


 アビスモが目を覚ますと、目の前には見慣れないゆるいウェーブを描く若い葡萄酒色の髪の巨乳の女性がいることに気が付いた。

 女性はアビスモに気が付くと目を細めて優しく微笑む。


「だれ?」


「ダヌといいます。ルリジオが随分世話になっているようね。貴方の話は彼からもよく耳にしているわ」


 透き通るような声でそう言ったダヌを見て、アビスモはなるほどなと思う。

 どこか浮世だっている見た目だと思っていたが、ダヌがどうやら自分の分身を投影しているらしいからということにアビスモは気が付いた。


「タラニスだっけ?そいつをどうにかする方法は見つかったのか?」


「タラニス……タラニス……全く封じらた愚かな神の分際で私の最高傑作にケチを付けようなんて身の程知らずな」


 ダヌの声のトーンがおどろおどろしいものに変わったことに気が付きアビスモはぎょっとした顔でダヌの方を見ると、豊かな葡萄酒色の髪は逆立ち、美しく穏やかだったその顔を恐ろしく歪めながら手に持っていた果実を握って砕いている様子が目に入った。


「私の可愛い子を護るためにもアビスモさんにはがんばっていただきますね。悪魔の方に加護を与えることは出来ませんが、ルリジオに与えた加護の力を減らすことは出来ますので」


「は……はい」


 アビスモがへたりこんで壁際で腰を抜かしていることにも気にかけず、ダヌはそういうといつもの様子に戻って微笑んだ。

 タンペットとアソオスは慣れているのか、平気な顔でなんらかの作業を続けいている。

 そして、そこにさり気なくいる八目の女性がいることにも気が付いた。

 黒蜘蛛族のアネモネも協力することになったのか……と寝ぼけた頭で考えたアビスモは彼女たちの後ろから作業している何かを知るために覗き込む。


「何をしてるんだ」


 アビスモが見る限り、それは一枚の黒く薄い布のように見えた。

 様々な魔法を跳ね返し、鋼よりも強靭な黒蜘蛛の糸でなにかを作っていることまでは誰の目に見ても明らかだった。


「秘密兵器……だ」


 それだけ言うと三人はなにやら微笑みながら作業に戻った。

 アビスモが首を傾げると、横にいたダヌは涼しい顔で微笑みながらそっと壁の方を向いて澄んだ声を響かせる。


「では、私は他の妻たちに伝えることがあるので先にいってきますね。お二人ともありがとうございます。あなたたちの魂に小さき者たちの加護がありますように。では、三日後、大喰らいのあの方の島で会いましょう」


 ダヌはそう言って壁の方へ歩いていくと、そのまま姿を消した。

 

「大喰らいのあの方?」


「ペレアイホヌア……火山の神だ。ルリジオの処置は遥か離れた島で行ったほうが被害が少ないということでそういうことになった。バエル将軍にも伝えてくれると助かる」


 アビスモにそう答えたタンペットは一息つくと、手元にある銀の呼び鈴を鳴らす。

 呼び鈴がカランカランと美しい音を立てると、扉が開き、かわいらしい少女がお茶とパン、そして皿に盛られたドライフルーツを運んできてくれた。


「とにかく、私たちはやるしかない。ルリジオも多分巨乳の妻たちの頼みなら協力してくれるだろうが、問題はやつが暴走した時だ。頼むぞアビスモ。妾は全力で支援する」


「巨乳が趣味ではないとはいえ、あいつらの妻たちや愛するタンペットからそう言われたのならがんばるしかないだろ……。任せておけ。腕がもげようが足がもげようがやり遂げて見せる」


「副作用があるけど、手足もちゃんと再生させてあげるから何回かは大丈夫なはずよ」


「……例えのつもりで言ったけど……俺そんな目に遭うの想定されてるんだ……マジか」


「まぁ、作戦がうまくいけばそんな痛い眼には遭わないだろう」


 アネモネは自分の体から出した糸を手繰りよせクルクルと両手でまとめながら愉快そうな声色でそう答えるのを、アビスモは不安げな表情で見つめるのだった。

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