第5話

長い髪の女が大口を開け、首筋に噛みつこうと身を乗り出している。

女性の声が、今度こそはっきりと聞こえた。

「危ない」

 うつぶせの体勢を立て直し、手足をばたつかせる。だが、男性である聖二の力をもってしても、女をどけることはできなかった。

パニックになって暴れるほどに、自分と女の手足がもつれあい、動くことすら困難になってくる。

「助けてくれ!」

 必死に叫ぶ。

視界の端に大柄が入り込む。彼は腰を抜かし、地面に尻餅をつき、怯えきった表情でこちらを見ている。助ける気力は毛頭感じられなかった。

聖二は両手で女の肩を掴み、上に押し上げた。極限まで開かれた女の口から、涎が糸を引いた。聖二の頬に何かが落ちる。生ぬるく、嫌なニオイの液体。

女の涎だった。

恐怖と嫌悪のあまり、聖二の力が緩んだ。

女が再びのし掛かってくる。その口から洩れる熱気が、臭気を帯び、聖二の首筋にかかる。

すぐそばで息絶えているホームレスの姿が、生々しさを保ったまま脳裏をよぎった。

死を覚悟して、聖二は目を閉じる。

家族、友人、真美。近しい人間に別れを告げる。

鈍い音がした。

続けて、鈍い音が何発か炸裂する。

不意に体が軽くなった。

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