A drop of water on a morning glory

 エスカレーターでB1まで降りるその正面隅のコーナーで、久内さんとカヤノンが何やら1冊の本を覗き込んでいる。とっ、と着地した慣性で2人に歩み寄ると、2人が同時に振り返った。


「矢部ちゃん、これ!」


 そのハードカバーの表紙をくるっ、と僕に向ける。


"A drop of water on a morning glory"


「”朝顔の露” だね」

「作者も見て」


Author "Moto"


「Moto・・・motto か」


 さらに久内さんは、くるっ、と本をひっくり返す。


「あ、日本語だね。”朝顔の露” 作者:もと」


 手渡され、ページをめくる。


「”朝顔の露よりもろい身にて”・・・微妙に違うけど、ほぼ同じ文章だよ」

「盗作?」


 更にページをめくると今度は英語の文が出て来た。どうやら1ページごとに日本語と英語が交互に書かれているらしい。ただ、どちらが原文でどちらが対訳なのかあ分からなかった。そして、その合間に淡く美しい草花の水彩画が挿絵として描かれている。


「ここ、全国のローカル出版社を特集したブースだけどさ、その出版社って矢部っちの実家がある所じゃないの?」


 最後のページに、”咲蓮社さくれんしゃ” とある。初版出版年は今から20年前。場所は確かに僕の実家、双輪市そうりんしだった。


「作者略歴も何もないね」

「わたし、買うよ」

「え、カヤノン、いいの? 紙の本なのに」

「2人とももう持てないでしょ」


 久内さんの頭を撫でてからカヤノンはレジに向かった。

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